つれづれなるままにWINGSFAN
Tribute Vlog for Paul McCartney & Wings
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ポール・マッカートニー&ウイングス
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の中で興味を持ったことやウイン
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情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


細野晴臣、高橋幸宏を偲ぶ
細野晴臣

11日に亡くなったイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマー、高橋幸宏について、同バンドの細野晴臣が20日、ツイッターでコメントを発表し「幸宏の死は世界に反響を及ぼした」と盟友を偲んだ。細野は人生を「一冊の本」に例え、「いま「高橋幸宏」という本を読み終え、多くのファンがあとがきを書こうとしている。物語は終わったが本は消えず、ずっとそこにある」とつづった。海外のミュージシャンに与えた影響の大きさを改めて知ったとした上で「実は大スターであることが判明した」と結んでいる。

Thanks! 細野晴臣

タモリ、高橋幸宏を追悼
高橋幸宏、タモリ

サディスティック・ミカ・バンド、サディスティックス、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマーで11日に亡くなった高橋幸宏と40年以上の親交があったタモリが本紙に追悼のコメントを寄せた。YMOの3人とは結成直後から親交があり1980年にニッポン放送「タモリのオールナイトニッポン」でロンドン公演の模様を伝えたこともある間柄。中でも高橋幸宏とは何度も共演しており「YMOはクールだけどキュートでもあった。それを体現していたのが幸宏さんだった気がします」と偲んだ。高橋幸宏はタモリが司会を務めたフジテレビ「笑っていいとも!」の名物コーナー「テレフォンショッキング」に計10回出演。YMO時代の82年に初出演し、細野晴臣とのユニット「SKETCH SHOW」や原田知世らと組んだバンド「pupa」としても登場している。音楽活動の話だけでなく、長年の趣味だった釣りの話はもちろん「実は立教中学時代はサッカー部でスポーツ好き」など意外な素顔や私生活についてもタモリによく明かしていた。自身がデザインした、YMOを象徴する「真っ赤な人民服」についても、1995年にテレビ東京「タモリの音楽は世界だ」で秘話を披露。衣装のモチーフが実は「明治時代のスキー服だった」と明かし、共演者を驚かせた。人民服は前立てにボタンがついているが、YMOの衣装はボタンが隠れるよう前立てを二重にしたデザイン。「当時の制服図鑑を見て、まったく同じ(スキー服の)形があった」とヒントを得たことを明らかに。世界をターゲットにした活動だっただけに「西洋は日本も中国もほとんど一緒に見ていると思って、逆手に取って“人民服”と呼んでいた」と振り返っている。2015年にはフジ「ヨルタモリ」で仲良く演奏。ゲストの奥田民生とともに、タモリと高橋幸宏ら出演者が奥田のヒット曲「イージュー★ライダー」をセッションした。タモリがコンガ、その隣で高橋幸宏がドラムを叩き、一夜限りの演奏をのんびり楽しむ2人の姿が気兼ねのない関係を象徴していた。

Thanks! スポーツニッポン

サディスティック・ミカ・バンド、YMOを支えた高橋幸宏の軌跡を振り返る
WHAT, ME WORRY? - 高橋幸宏

エレクトロニック・ミュージックの先駆者であるイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマー兼リード・ボーカリスト、高橋幸宏が70歳で亡くなった。高橋の事務所はジャパンタイムズとNHKに声明を発表し、1月11日に誤えん性肺炎で死去したことを認めた。高橋は以前、2020年に脳腫瘍の摘出手術を受けたことを明かしていた。東京都出身の高橋は、オリジナル・ドラマーである角田ひろ(つのだ☆ひろ)の脱退後に加入したサディスティック・ミカ・バンドで活動を開始。1975~76年、ロキシー・ミュージックの「Siren」ツアーでオープニングを務め、BBCのTVやラジオに出演するなど、英国で成功を収めた。バンド解散後、高橋はメンバーの一部とサディスティックスとして活動を続け、2枚のスタジオ・アルバムをリリースしたあと、解散した。


1978年、高橋、キーボード/ボーカルの坂本龍一、ベース/キーボード/ボーカルの細野晴臣(エイプリル・フールとはっぴいえんどに在籍)の3人でイエロー・マジック・オーケストラを結成。シンセ、シーケンサー、ドラムマシンを駆使し、エレクトロサウンドの先駆者として80年代をリードする。彼らはクラフトワークやジョルジオ・モロダーなど、この分野の他のパイオニアたちからインスピレーションを得ていた。同名のデビューアルバムに収録されたシングル「コンピューター・ゲーム」は英国でトップ20に入り、米国でも話題となるなど、驚きの世界的ヒットとなった。1979年にリリースされたYMOの2作目「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」ではクリス・モスデルが英語詞を担当。同作の成功によってYMOは「ソウル・トレイン」にゲスト出演し、印象的なパフォーマンスと、いまやバイラル化した高橋と司会のドン・コーネリアスのインタビューが放映された。


1980年「増殖」、1981年「BGM」「テクノデリック」、1983年「浮気なぼくら」「サーヴィス」など、YMOは80年代に入ってからもリリースを続けたが、大きな人気を獲得しながらも、個々のメンバーがソロ活動を本格化させたことで解散することになった。しかし、細野と坂本は、高橋の最初の4枚のソロアルバムに参加するなど、ソロ活動でも共演を続けていた。1980年に発表された、シンセポップやシティポップの流れを汲む高橋のソロ第2作「音楽殺人」は、YMOのバンドメンバーが参加し、モスデルの英語詞で構成されている。翌年には、ロキシー・ミュージックのフィル・マンザネラやアンディ・マッケイをフィーチャーした「ニウロマンティック」を発表し、「ドリップ・ドライ・アイズ」をヒットさせる。さらに1982年には、ビー・バップ・デラックスのビル・ネルソンやYMOのバンドメイトとコラボした「WHAT, ME WORRY?」をリリースしている。


1981年、ムーンライダーズの鈴木慶一とTHE BEATNIKSを結成し、最初のアルバム「出口主義」をリリース。その後、数十年にわたるパートナーシップを築く。多作なアーティストである高橋は80年代を通じてジャンルを問わずにソロ作品を発表。YMOは活動停止していたが、メンバーは互いのソロプロジェクトでコラボレーションを続けていた。高橋は80年代後半には俳優業、映画のサントラ、ゲーム音楽にも進出した。2000年代には細野と再タッグを組んでスケッチ・ショウを結成。2004年には坂本が加わってヒューマン・オーディオ・スポンジへと発展した。2014年、高橋はMETAFIVEと呼ばれるスーパーグループでツアーを行い、2010年代の後半にスタジオ・アルバム、EP、ライブ・アルバムをリリースした。2020年にシングル「環境と心理」をリリース。高橋はこの曲のリリース直後に腫瘍の脳外科手術を受けるため休養に入った。高橋の訃報を受け、YMOのバンドメイトである坂本がSNSに灰色の四角形をSNSに投稿。ファンが高橋への賛辞を書き残していく器となった。


Thanks! Rolling Stone Japan

小原礼、高橋幸宏を追悼
16日、小原礼がツイッターを更新。サディスティック・ミカ・バンドで共に活動し、11日に脳腫瘍の併発による誤嚥性肺炎で70歳で亡くなった高橋幸宏さんに向けてとみられるメッセージを投稿した。小原は「いつもの日常がいつも通り始まる 悲しいことも 嬉しいことも 辛いことも 幸せなことも」とつづり、「Friends Forever」と締めくくった。


加藤和彦、高橋幸宏、小原礼

Thanks! サンケイスポーツ

高橋幸宏さん 広い交友物語る 江口寿史、矢野顕子、三宅裕司など追悼相次ぐ
高橋幸宏 - 江口寿史

15日、サディスティック・ミカ・バンド、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のドラマー高橋幸宏の所属事務所が亡くなったのは11日5:59で、死因は脳腫瘍により併発した誤嚥性肺炎だったと発表した。関係者によると、長野県軽井沢町内で近親者による葬儀がこの日までに営まれた。高橋幸宏さんの広い交友を物語るように、音楽仲間だけでなく、各界の著名人から追悼が相次いだ。坂本龍一の元妻で、YMOのサポートメンバーも務めた歌手の矢野顕子は「YMO Goes Forever.(YMOは永遠に)」とツイッターに投稿。1980年の世界ツアーに同行し、海外で高い評価を受けるYMOを一番近くで見てきた。英ロックバンド JAPAN のボーカルだったデビッド・シルビアンは坂本がSNSに投稿したグレー一色の画面をリツイートして弔意を示した。YMOと交友を持ち、1982年の日本武道館公演には高橋さんも参加していた。三宅裕司にとっては大恩人だった。15日のニッポン放送の番組で感謝の言葉を述べた。1979年に主宰劇団「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」を設立した後、「高橋さんが“面白いよね、SETって”と、オールナイトニッポンに呼んでくださり、レギュラーにしてくれた」と明かした。そこから自身の番組を持ち、人気に火が付いた。漫画界からも惜しむ声が上がった。江口寿史は「幸宏さんはマンガで何度も描かせていただきました。早過ぎるよ。やりきれないな」とつづり、高橋さんのイラストを添えた。「孤独のグルメ」原作者の久住昌之は「泉昌之のマンガを凄く好きでいてくれて、その縁でソロツアーのパンフレットにマンガを描きました。さみしい。合掌」とつづった。脚本家の北川悦吏子も「YMOは私の青春です! ライディーンはあの頃も今もそして、これからも神曲です」などとつづり、高橋さんと原田知世との3ショット写真を掲載した。

Thanks! スポーツニッポン



ミスタームーンライト ~1966 ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢~

本、雑誌、ムック
2/7 ロッキング・オン 2023年3月号
2/15 MUSIC LIFE ザ・ビートルズ リボルバー・エディション
6/13 ポール・マッカートニー 1964 Eyes of the Storm
夏 「タッグ・オブ・ウォー」図鑑(仮)
年内 ポール・マッカートニー国内盤シングルレコード大全(仮)
年内 マル・エヴァンス伝記本

TV , ラジオ
2/8  5:30~ 6:00 美の壺 麗しの音色 レコード NHK Eテレ1
2/9 28:00~29:00 MUST BE UKTV (ジョン・レノン、ポール・マッカートニー参加) NHK BSP

CD
2/10 ブラッド・メルドー ユア・マザー・シュッド・ノウ
2/15 ビートルズ シングル・B-サイド・コレクション
3/24 ビートルズ 1964・US・ファースト・アタック
秋 ドリー・パートン Rock Star (ポール・マッカートニー参加)

アナログ盤
2/10 ブラッド・メルドー Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles
4/21 イアン・ハンター Defiance Part 1 (リンゴ・スター参加)

イベント
2/11 13:00 アラウンド・ザ・ビートルズ2023 いま改めてビートルズの魅力を再検証
2/12まで アンディ・ウォーホル・キョウト
2/18 19:00 オノ・ヨーコさん90歳バースデイ・イベント
3/11 13:00 アラウンド・ザ・ビートルズ2023 いま改めてビートルズの魅力を再検証
3月まで The Beatles:Get Back to Let It Be 展
4/8 13:00 アラウンド・ザ・ビートルズ2023 いま改めてビートルズの魅力を再検証
4/22 レコード・ストア・デイ Record Store Day 2023
4/23 BACKBEAT プレビュー公演
4/28~5/3 BACKBEAT 兵庫公演
5/6~7 BACKBEAT 熊本公演
5/13 13:00 アラウンド・ザ・ビートルズ2023 いま改めてビートルズの魅力を再検証
5/19~6/17 リンゴ・スター 北米ツアー
5/20~21 BACKBEAT 大阪公演
5/24~31 BACKBEAT 東京公演
6/10 13:00 アラウンド・ザ・ビートルズ2023 いま改めてビートルズの魅力を再検証
6/28~10/1 Paul McCartney Photographs 1963–64 Eyes of the Storm

4K Ultra HD , Blu-ray , DVD
2/15 ジョン・レノン、ニューヨーク Blu-ray
2/15 ジョン・レノン、ニューヨーク DVD
2/15 ポール マッカートニー ゲット・バック Blu-ray
2/15 ポール マッカートニー ゲット・バック DVD

映画
2/25 19:00 ロックン・ロール・サーカス
2/26 19:00 ロックン・ロール・サーカス
3/18 未定 トークイベント付き上映 ジョン・レノン ~音楽で世界を変えた男の真実~

Web配信
3/3まで 朝日順子 × 藤本国彦 ビートルズはインドで何と出会ったのか?

グッズ
3/22 「プリーズ・プリーズ・ミー」発売60周年記念公式Tシャツ