つれづれなるままにリボルバー祭り
Tribute Vlog for Revolver: Special Edition
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ポール・マッカートニー&ウイングス
のトリビュート LIVE フェスティバル
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情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


楽曲解説 Dear Prudence

イーシャー・デモの「ディア・プルーデンス」の終わりにかけて、曲の制作秘話について説明するジョン・レノンの声を聞くことができる。「マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの世話になっている間に、遅かれ早かれ彼女があんな風に気が変になるとは誰も想像していなかった。正気を失っていく彼女をみんながとても心配した。だから僕たちは歌ったんだ」。その彼女とは、米国の女優ミア・ファローの19歳の妹プルーデンス・ファローのことだ。プルーデンスは滞在先となったインドのリシケシにあるアシュラムの宿泊部屋に閉じ込もってしまい出てこなかったのだ。彼女は姉と一緒に、ビートルズ、ドノヴァン、ザ・ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴを含む人たちと共に超越瞑想を学ぶためにそこに滞在していた。そして誰よりも多くの時間を瞑想に費やしていた彼女の精神状態をみんなが心配するようになっていた。ポール・マッカートニーは思い出しながらこう話す。「プルーデンス・ファローは恐怖感や被害妄想に襲われて、今ではアイデンティティー・クライシスと呼ばれる状態だったんだけど、部屋から出てこなくなってしまった。そんな彼女をみんなが少し心配して、部屋に行って扉をノックしたんだ。“ねえ、プルーデンス。みんなは君を愛してるよ。君は素晴らしい人だよ!”って伝えた。だけど誰も彼女を説得できなかった。それでジョンは“愛しいプルーデンス、外で一緒に遊ばないかい…”っていう曲を書いたんだ」。

欧米だったら精神科病院に入れられていただろう
ジョンはプレイボーイ誌にこう話していた。「少し正気を失っていたように見えたミア・ファローの妹は、瞑想ばかりしていて、僕たちが滞在していた小さな小屋から出てこなくなってしまった。僕とジョージなら信頼して出てくるだろうとみんなが思って、僕たちに説得するよう頼んできたんだ。でも彼女は完全に気がおかしくなった。欧米だったら精神科病院に入れられていただろう。なんとか彼女を連れ出すことに成功したけど、誰よりも早く神とつながろうとした彼女は3週間も部屋に引きこもっていたんだ」。バート・ヤンシュやデイヴィ・グレアムなどの下で学んだ経験を持ち熟練したフォークミュージシャンであるドノヴァンからの指導を受け、ジョンはインドで学んだフィンガーピッキングを「Dear Prudence」で披露している。ドノヴァンはジョンのことを熱心な生徒だったと話している。「根気強さを必要とする難しい弾き方なんだ。それを学んだジョンはとても喜んでいて、全く新しい曲作りの方法が浮かび上がってきた。持って生まれた才能のある作曲者は、新しい演奏スキルを手に入れるとそうなるんだ。彼はすぐさま“Dear Prudence”と“Julia”を書いた」。英国に戻るとビートルズ(リンゴだけピーター・セラーズのヨットで地中海を航海中)は、ロンドンのソーホーにあるトライデント・スタジオに集まった。そこではすでに「Hey Jude」のマスター・バージョンがレコーディング済みで、1968年8月28日から30日にかけて「Dear Prudence」が完成された。

それは美しい行為だった
最終バージョンは「Take 1」と名付けられたが、ジョンとジョージのギターとポールのドラムはそれまでに何度もレコーディングされていたため、それは誤解を招く名前と言えるだろう。しかし、アビー・ロード・スタジオのようにすべてが保存されていたのとは違い、トライデント・スタジオでは前回のテイクの上から3人がレコーディングを行っていたようだ。ジョンとジョージのギター、そしてポールのドラムの伴奏が完成すると、その他にも幾つものトラックがオーバーダブされ、メンバーたちはトライデント・スタジオの8トラック設備の贅沢さを楽しんだ。ポールはギターとピアノを追加し、ジョンはダブル・トラックのボーカルを重ねた。その他にもローディーを務めるマル・エヴァンス、アップル・レコードのレコーディング・アーチストのジャッキー・ロマックス、そしてバックトラックで歌も歌ったポールの従兄弟ジョン・マッカートニーが手拍子とタンバリン演奏を提供しメンバーに協力した。ポールはティーンだった頃に一瞬試したトランペット演奏の経験を活かし、おまけとしてフリューゲルホルンを少しだけ演奏した。完成したトラックは後に「The White Album」の中で最も印象深い曲の一つとなり、それは真似されることはあっても超えられることはないトラックとなった。曲のインスピレーションとなったプルーデンスは、インドで過ごした間は一度もそのトラックを耳にすることはなかった。「その曲についてはジョージから聞いたんです。彼らが帰国する時に、私についての曲を書いたと話してくれたんだけど、アルバムが発売されるまで聴くことはなかった。すごく光栄に思ったんです。本当に美しかったから」。

Thanks! uDiscoverMusic

楽曲解説 Back In The U.S.S.R. 名曲が出来るまでとビーチ・ボーイズとの関係
ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)

ビートルズがインドのリシケシュで魂の再生についての歌をビーチ・ボーイズのスタイルで歌っているテープというものが現存している。そのパフォーマンスは「Back In The U.S.S.R.」のイーシャー・デモからそこまで遠くないパフォーマンスだ。この曲が変異して、当時彼らと共にマハリシ・マヘシ・ヨギのインドのアシュラム(修行者の僧院)で超越的瞑想を研究していたザ・ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴを称える「Happy Birthday Mike Love」という曲に変化した。リシケシュは昔からずっと、創造性を刺激してくれる場所だったようだ。ヒマラヤを囲む緑豊かな丘陵地帯を母なるガンジスが流れゆく景色の中、ここは静謐なる飛び地であり、ビートルズのようなアーティストたちが、現代社会のしがらみを断ち切り、その作品を身のうちから溢れさせることのできる場所だった。マイク・ラヴはポール・マッカートニーがある朝、アシュラムの自分の小屋から出てきてその辺りをうろついていたのを思い出してこう言う。「僕が朝食のテーブルについていたら、マッカートニーがアコースティック・ギターを抱えてやって来て、「Back In The U.S.S.R.」を弾いたんだ。僕は彼に「それを演るならロシア中の女の子のことに触れなきゃいけないよ」って言ったんだ、ウクライナも、ジョージアも入れてねって。彼はすごいクリエイティヴだから、僕から歌詞のアドバイスなんて必要なかっただろうけど、僕があのちょっとしたセクションのアイディアを出したってわけさ...あれはなかなか心躍る、ユーモラスな瞬間だったと思うよ、彼らがビーチ・ボーイズの真似をするなんてね」。ポール・マッカートニーが最終的に書き上げた歌詞には、確かにソビエト連邦の様々な地方の女の子に関する他愛のないお喋りが入っている。例えば「ああ、ウクライナの女の子たちにはすっかりKOされちゃったよ/彼女たちは西側のずっと先を行ってるね/モスクワの女の子たちは僕を歌わせ、シャウトさせる/あの「忘れじのジョージア」をね」という風に。これはまさしくビーチ・ボーイズが「California Girls」で「いやあ、イースト・コーストの女の子たちは進んでるよね/彼女たちのファッション・スタイルに僕はイチコロだ/それに南部の女の子たちの喋り方ときたら/向こうに行くといつも骨抜きにされちまう」という米国の女の子たちを歌った意趣返しとなっていた。。


「Back In The U.S.S.R.」にはまた、過去数年続いていたスタジオでの複雑な試行錯誤を経て、ビートルズの純粋なロックン・ロール・バンドへの回帰願望も投影されていた。ポール・マッカートニーは1968年11月にラジオ・ルクセンブルクでこう語っている。「かつてチャック・ベリーが「Back In The USA」って曲を演ってて、それが凄く米国人らしいと言うか、凄くチャック・ベリーらしかったんだ。そんなわけでこの曲はずっと長い長い間、米国に潜入してたスパイのことを歌ってるんだよ。で、もうすっかりアメリカナイズされちゃってるんだ。それがソ連に帰って、「そんなこと明日でいいからさ、ハニー、電話なんか外しちゃえよ」とか言ってるわけだよ」。曲のコンセプトは比較的分かりやすいが、その具現化は必ずしも容易なことではなかった。インドで書かれた「The Beatles」(White Album)の多くの曲がそうであったように、グループは英国に帰国後すぐ、ジョージ・ハリスンのイーシャーのバンガロー、キンファウスで「Back In The U.S.S.R.」のデモを録った。


だが、8月半ば、この曲をアビー・ロードで録音する頃には、既にメンバー間の緊張状態が高まっていた。リンゴは当時の状況の推移に満たされないものを感じていたようで「僕は自分が巧くプレイできてるとは思えなかった。他の3人はみんなハッピーで、僕だけがのけ者だと思ってたんだ」と後に語っている。「Back In The U.S.S.R.」のセッションの最中、彼はいよいよもう沢山だと見切りをつけ、現場から離脱。地中海に浮かぶピーター・セラーズのヨットの上で数週間過ごした後、他のメンバーたちからグループにおける彼の存在価値を認めていることを請け合ってもらい、ようやく復帰したのだった。リンゴ・スターが不在の間、ポールが打楽器のポジションを引き受け、ジョンやジョージと共に、重たく脈打つようなインパクトのあるドラムと速弾きギター、唸るベース、叩きつけるピアノという疾走感あふれるロックン・ロールのパフォーマンスに、ヴァイカウントの飛行機(英国ヴィッカーズ社の中型旅客機と思われる。同社は後にブリテイッシュ・エアウェイズ社に吸収合併された)を効果音として加えて、バンドはたった2日間で「Back In The U.S.S.R.」を仕上げた。そして、曲の書き始めにもらったインスピレーションに敬意を表して、ポールは「ビーチ・ボーイズ・スタイルのハーモニーを加えたんだよ」と発言している。かくして、ポップ・ミュージックの歴史上屈指の有名なダブル・アルバムである「The Beatles」(White Album)のロックなオープニング曲が生まれたのである。


1984年にプレイボーイ誌のインタヴューの中で、ポールはこの曲についてこんな風に語っている。「あれは同時に、分断している相手に手を差し伸べるという意味もあったんだよ。僕は今もそういう意識を持ち続けている。だってクレムリンにいる指導者たちは僕らのことをよく思ってなくても、あの国には僕らを好きな人たちが大勢いてくれるわけだからね。キッズはみんな僕らを好きでいてくれる。それは僕にとっても、未来の人類にとっても、とても大切なことなんだ」。「Back In The U.S.S.R.」は当然のことながら、鉄のカーテンの向こう(旧東側諸国)でオープンリールのテープのコピーにこっそりと耳を傾けていたファンの間ではとりわけお気に入りのナンバーとなった。2003年、ポールがようやくロシアの首都モスクワの都心部にある赤の広場でこの曲をライヴで披露した時の、会場を埋めたファンたちの顔に浮かんだ歓喜の表情は、かつて両国の関係に霜が降りるほど冷え切っていた時代が、どれほど遠くなったかを示すものだった。この夜、とりわけ大きな喝采が湧き起こったのは、「Moscow girls make me sing and shout / モスクワの女の子たちは僕を歌わせシャウトさせる」の一節だったことを付け加えておこう。


ThanKs! uDiscoverMusic

ビートルズ、MV「グラス・オニオン」のメイキング映像を公開

6日(英国時間)、ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)50周年記念エディションの発売に合わせて作られたミュージック・ビデオ The Making Of Glass Onion のメイキング映像がビートルズ YouTube 公式チャンネルで公開されました。

Thanks! The Beatles

オアシス/ライドのアンディ・ベル、ホワイト・アルバムについて語る

元オアシスのメンバーで、ライドのギタリストであるアンディ・ベルがビートルズのホワイト・アルバムについて語った映像が公開されている。同アルバムの50周年記念盤が昨年11月にリリースされており、アンディ・ベルはそれを記念して行われたトーク・セッションに出演し、「史上最高のギター・ソングだと思っている曲が数曲あって、Dear Prudence と Julia がそうだよ。10代だった頃に聴いて、どうなっているのか自分で確かめてみたいと思ったんだ。すぐにギターで弾いてみて、曲の中に入り込んでみたんだよ。シンプルってわけではないけど、よく考えられていて、童謡のような作りになっている。深い楽曲だと思うし、素晴らしいよ。ギタリストという視点として、このアルバムを聴いた時に思い出すのはその2曲だね。このアルバムには、ありのままのサウンドが収められているわけでね。ホワイト・アルバムは何かを簡潔にまとめたようなアルバムになっていて、アルバム自体が...当時使っていた言葉としては、ざらついたとか、ローファイとか、ゴツゴツしたとか、それからリヴァプール訛りのこととかを話していたよね。僕はそれらすべてを自分の作品にも取り入れるようにしているんだ」と語っている。

Thanks! NME Japan

ホワイト・アルバム当時のビートルズは結局不仲だったのか?
ザ・ビートルズ(ホワイトアルバム) - ザ・ビートルズ

話題を呼んでいるビートルズの「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」の50周年記念エディションを聴いた。ジョージ・マーチンが手がけたオリジナルのステレオ・ミックスを、ジョージの息子でプロデューサーのジャイルズ・マーチンとエンジニアのサム・オケルが新たにリミックスしている。驚いた。ヴォーカルや楽器の定位置を改め、ベースなど低音部を充実させ、音圧、音質も改良し、今の時代に即した音に仕上げている。オリジナルとは別もの、新たなアルバムという印象を持った。同時に“ホワイト・アルバム”の魅力を改めて認識した。私は“ホワイト・アルバム”のオリジナル・リリース時にリアル・タイムで聴いた世代である。当時、この作品が、それまでのビートルズとは明らかに違うと感じた。すでにジョン・レノン、ポール・マッカートニーの2人の曲は、コンビによる共作ではなく、それぞれの個人色がくみ取れる内容へと変化し始めていたが、“ホワイト・アルバム”では、それが顕著になった。バンドとして一体化した演奏展開もある一方で、作曲者主導によるソロ・ワーク的な曲が大半を占めるようになっていた。バンドとしてのビートルズは終わった、といった印象さえ覚えた。「“ホワイト・アルバム”の制作期間中は、メンバーの絆が弱まり、ビートルズはほとんど共同作業をおこなわず、むしろ別々に作業する方を好んだと多くの人が信じてきました」。ジャイルズが解説で触れているように、誰もがそう思っていたはずだ。本作の録音時、リンゴ・スターが一時的にビートルズから離脱。エンジニアのジェフ・エメリックはメンバー間の緊張に耐えられず、9曲を録り終えたところで現場から離れ、後に著作で当時の険悪な雰囲気を明らかにしたこともあった。ジェフの後を受け継いだエンジニアのケン・スコットは“確かに誰かが癇癪を爆発させることはあった。だが、何度となく報じられてきたほどひどい事態になったことは一度としてなかった”と述べている。メンバー間でただならぬことがあったのは事実だったようだ。もっとも、ジャイルズは先に触れたことは“誤りである”とし、“初期のテイクから完成形のマスターまで、段階的にレコーディングを追っていけば、4人全員がスタジオで飽くことなく共同作業を進めながら、それぞれの曲のサウンドや感触をつくりあげていく過程を耳にすることが出来るでしょう”と記している。

確かに、イギリスのイーシャーにあるジョージ・ハリソンのバンガローで録音した“ホワイト・アルバム”のデモ・テープでは、4人の和気あいあいとした様子がうかがえる。今回の“スーパー・デラックス・エディション”と“3CDデラックス・エディション”には“イーシャー・デモ”として27曲が1枚のCDに収録されている。そのうち21曲が録音され、19曲がオリジナル・アルバムに収録された。未収録になった「チャイルド・オブ・ネイチャー」は、ジョンが後に歌詞を書き改めて「ジェラス・ガイ」として発表している。収録曲の大半はインドでキャンプした際に書かれた。身近にはギターしかなかったことから、生ギターで作曲。デモも、生ギターを主体にパーカッションを加えたもので、フォーキーな印象だ。もっとも、アルバムの完成版ではポールの単独録音曲の「ブラックバード」、ブラスが加えられた「マザー・ネイチャーズ・サン」などを除き、演奏、サウンドは改められた。ビートルズにとってデモ・テープの制作は初めてだったことに加え、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」録音時におけるような“綿密に計画されたレコーディングのプロセスは姿を消し、スタジオで曲を練り上げ、複数のテイクで実験をするのが当たり前の手順”だったとジャイルズ・マーチンがふれている。今回、明らかになった未発表セッションには“テイク 102”とエンジニアがカウントした曲もある。バンドとしてのアンサンブルの充実を物語る曲の一つが「アイム・ソー・タイアード」だ。ジョンとポールのコーラスを含め、原点に立ち戻る意図がくみ取れる。

当時、イギリスで最新のトレンドとなっていたブルース系のグループの台頭に刺激されたと思われるのがジョンによる「ヤー・ブルース」。歌詞では内面的な傾向を強くし、音楽的には前衛志向を濃くしていたことを物語るのが、ジョンならではの変拍子による「ハピネス・イズ・ウォーム・ガン」だ。その背景にはヨーコ・オノとの出会いをきっかけに前衛芸術などへの傾倒を深めていったことなどもあり、本作ではそうした曲も収録されていた。ポールはジミ・ヘンドリックス、クリームなどの登場にも刺激されたのに違いなく、後のヘヴィ・メタルに先んじていた攻撃的で破壊的なハードなロックンロールの「ヘルター・スケルター」を手がけ、「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」や「バースデイ」といったポップなメロディーとロックンロールの魅力を持ち合わせた曲でもハードな展開を見せていた。そうしたジョンやポールのハードなロック・ナンバーは、今回の新たなミックスで、よりパワフルでワイルド、アグレッシヴな音になっている。一方、ポールの単独作品における生ギターによる曲では、シンプルさが重視され、ラグタイム調の「ハニー・パイ」、レゲエ風の「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」などは陽気で軽快な作品に仕上げられている。また、ジョンの「ジュリア」などはしっとりとした味わいになっている。“ホワイト・アルバム”では、ジョージ・ハリソンのソング・ライターとしての躍進ぶりも注目された。傑作「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のニュー・ミックスでは、サポートのエリック・クラプトンの存在が以前よりクローズ・アップされている。この曲は、“イーシャー・デモ”の音源とともに、3枚のセッション音源とブルーレイが追加された“スーパー・デラックス・エディション”収録の“アコースティック・ヴァージョン テイク2”の切なげなジョージの歌いぶりも光っている。3枚のセッション音源は一部を除き、大半が未発表だ。「レボリューション1」の完成版の元になったとされる「レボリューション1(テイク18)」、「ハピネス~(テイク19)」「ヘイ・ジュード(テイク1)」「アクロス・ザ・ユニバース(テイク6)」「レット・イット・ビー(アンナンバード・リハーサル)」などのセッションは興味深い。マニアにとってはスーパー・デラックス・エディションは必須のアイテムだが、手軽に楽しむには3CDになる。う~ん、思い悩むところだ。 小倉エージ(音楽評論家)

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Thanks! AERA



アナログ盤
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP スプラッター
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP 赤
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル アナログ盤スーパー・デラックス・エディション
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 4LP+EP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+Tシャツ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+トートバッグ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP ピクチャー
11/18 リンゴ・スター EP3 10インチシングル
11/18 リンゴ・スター EP3 カセットテープ
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

映画
10/1 16:40~18:20 ワンダーウォール
10/4 18:50~20:30 ワンダーウォール
10/7 18:50~20:30 ワンダーウォール
11/26~ マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説
12/2 月の満ち欠け (ジョン・レノン曲使用)
12/8 ジョン・レノン ~音楽で世界を変えた男の真実~
2023年? The Lost Weekend: A Love Story
2023年? ブライアン・エプスタイン Midas Man
2023年? ザ・クオリーメン

イベント
10/1~30 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 東京
10/1 万平ホテル アルプス館 プレミアムプラン
10/1 19:00 犬伏功の犬伏功のミュージック・ライナーノーツ Vol.32 グリン・ジョンズ特集
10/2 17:00~21:00 「ジョージ・マーティンになりたくて」刊行記念イベント
10/4 19:00 永沼忠明 マッカートニーシンガーデビュー 40周年記念ライブ 1982→2022
10/6 19:00 リンゴ・スター研究本出版記念! ~Tribute to Ringo Starr~
10/8 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
10/9まで ポップアップショップ ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド
10/20まで リンゴ・スター 北米ツアー
10/29 13:00~18:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 11:00~16:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 ビートルズ・トリビュートLIVEイベント FOOL ON THE HOLIDAY 2022
11/12 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
11/19~2023/1/9 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 大阪
11/26~1/29 マリー・クワント展
12/10 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
2023/2/12まで アンディ・ウォーホル・キョウト
2023/3まで The Beatles:Get Back to Let It Be 展

本、雑誌、ムック
10/3 ビートルズUK盤コンプリート・ガイド[増補改訂版]
10/4 パティ・ボイド Pattie Boyd:My Life in Pictures
10/5 ザ・ゴールデン・イヤーズ・オブ・ブリティッシュ・ロック 浅沼ワタル写真集
10/14 デイヴ・グロール自伝:音楽と人生 ~ ニルヴァーナ、そしてフー・ファイターズ(仮)
10/25 松村雄策 僕の樹には誰もいない
2023年 ポール・マッカートニー国内盤シングルレコード大全(仮)
2023年 マル・エヴァンス伝記本

TV , ラジオ
10/4 15:00~15:30 世界サブカルチャー史 欲望の系譜「アメリカ 闘争の60S」 30分版 NHK Eテレ

CD
10/7 BOND 25 (ポール・マッカートニー&ウイングス曲収録)
10/19 ビートルズ ワンデイ・セッション1963
10/21 NOW Yearbook Extra '79 (ポール・マッカートニー曲収録)
10/21 ラー・バンド The Rah Band:Messages From The Stars
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 5CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 2CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション CD
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

4K Ultra HD、Blu-ray、DVD
10/7 ザ・ビートルズ&インディア DVD

グッズ
10/14 ザ・ビートルズ公式カレンダー2023
10/28 リボルバー スペシャル・エディション発売記念公式Tシャツ

リボルバー スペシャル・エディション

国内盤
5CD (輸入国内仕様、完全生産限定盤、B2ポスター付き) amazon , Tower Records
2CD amazon , Tower Records
1CD amazon , Tower Records
4LP+EP (直輸入仕様、完全生産限定盤) amazon , Tower Records
1LP (直輸入仕様、完全生産限定盤) amazon , Tower Records
1LP ピクチャー・ディスク (直輸入仕様、完全生産限定盤、ステッカーシート付き) The Beatles Store Japan

海外盤
5CD
2CD
1CD
4LP+EP
1LP
1LP ピクチャー・ディスク
1LP+Tシャツ [Target Exclusive]
1LP+トートバッグ [Indie Exclusive Limited Edition]

グッズ
公式Tシャツ