レット・イット・ビー(テイク28) 1月31日の最終日に演奏されたテイク。今回テイク28という位置づけになったが、一つ前のテイク27はシングルとアルバムに使われ、テイク28は映画「レット・イット・ビー」に使われた(「レット・イット・ビー...ネイキッド」は両者を使用)。後半の歌詞“There will be an answer”が“There will be no sorrow”と歌われているのは、ポールが最後の最後まで歌詞をどうしようか粘っていたからに違いない。
おぎやはぎの矢作兼とアイクぬわらのYouTubeチャンネル矢作とアイクの英会話をよく観ています。ある動画で、視聴者から寄せられた「英語の勉強になるような音楽はありますか?」という質問に対しアイクが、ビートルズとカーペンターズと答えていました。なぜか。ゆっくりと歌われるから歌詞が聞き取りやすいからだそうです。これは昔からよく言われていることです。実際、私が中高生の頃に受けた英語の授業でもビートルズやカーペンターズの曲が頻繁に取り上げられていました。たとえば、ビートルズであれば「Ob-La-Di,Ob-La-Da」「Hello Goodbye」「Hey Jude」「Let It Be」、カーペンターズであれば「Top Of TheWorld」「Yesterday Once More」を歌った記憶があります。ビートルズの音楽は日本のテレビ番組やCMで使われることも多く、物心がつく前からそれとは知らずによく耳にしていました。中学生になってロックという文化に興味をもつようになり、モノの本など読んでいるうちに、どうもビートルズは偉大らしいことを知りました。ちょうどその頃、「1」というベスト盤がリリースされるようだったので楽しみ待っていました。遂にビートルズの偉大さに触れられるぞと鼻息を荒くして聴いてみたものの、あまりピンと来ませんでした。その偉大さを実感するようになったのは、気を取り直して各アルバムを一枚一枚聴くようになってからのことです。お茶の間的なビートルズ像を上書きするような役割を「1」は担っていなかったとのだと今にして思います。しかし今改めて「1」を聴くとやはりビートルズは偉大だなと思わざるを得ません。先日、ビートルズの「Let It Be」50周年記念盤がリリースされました。新たなミックスや、「ゲット・バック・セッションズ」のリハーサル音源、お蔵入りとなっていたグリン・ジョンズ・ミックスなどが収録されています。「Let It Be」が発表されたのは1970年5月のこと。諸般の事情により実際の50周年には間に合わず、1年半程度遅れてしまった模様です。アルバム「Let It Be」のタイトル曲である「Let It Be」は学校の授業やテレビを通じて受動的に聴きすぎたために、私の中ではもはや好きとか嫌いとかを超えた地平に存在しています。イントロのピアノやサビでのタイトルの連呼など、かなりキャッチーではありますが、テイストとしてわりと渋めの曲です。とはいえ名曲としての風格は疑いようがありません。「なすがまま」というタイトルには人生の教訓が含まれており、座右の銘にする人も少なくないでしょう。「Let It Be」に関する好き嫌いは判断がつかないものの、この曲のグルーヴは大好物です。いうなれば「マイルドなハーフタイムシャッフル」のことです。ドラムのパターンだけ取り出せば、オーソドックスな8ビートですが、アンサンブル全体を支えているのはハーフタイムシャッフル的なグルーヴに他なりません。このグルーブはイントロのピアノで暗示されています。譜面に起こした場合、それぞれのコードは4分音符で示されるのでしょうが、符点8分音符といったほうがより正確かと思われます。そして、若干ハネているため、実際の音価は付点8分音符よりさらに長くなります。
ハーフタイムシャッフルというグルーヴを一般化したのはバーナード・パーディに他なりません。彼は自らの名前を冠して「パーディ・シャッフル」と呼んでいます。スティーリー・ダンの「Home At Last」でお馴染みのグルーヴです。ところでパーディはヴルフペックの面々とビートルズの「Something」をカバーしていますが、ここでもパーディ・シャッフルが披露されています。もし仮にこれが「Let It Be」だったとしてもパーディ・シャッフルでカバーするのではないかと睨んでいます。パーディ以外のハーフタイムシャッフルの有名な例としては、リッキー・リー・ジョーンズの「Chuck E's In Love」やレッド・ツェッペリンの「Fool In The Rain」、TOTOの「Rossana」がよく挙げられます。ドラマーはそれぞれ、スティーブ・ガッド、ジョン・ボーナム、ジェフ・ポーカロ。これらは1980年前後の音源ですが、こうしたグルーヴの原型は60年代中盤からすでに存在していました。リー・ドーシーの「Get Out of My Life, Woman」はその始祖の一つといって良いでしょう。プロデュースはアラン・トゥーサンで、演奏はのちのミーターズの面々が担当しています。言うまでもなくニューオーリンズ産のグルーヴです。ただしこの曲はそこまでハネているわけではありません。イーブンとシャッフルの中間ぐらいのハネ具合です。この曲の特筆すべき点はロックンロールの黎明期のグルーヴをハーフタイム化したことにあります。ハーフタイムとは歌のテンポは固定したうえで、BPMを半分の数字として解釈するというものです。例えばBPM120の曲を60と解釈して演奏するとハーフタイムになります。そうすることで、4分音符は8分音符となり、8分音符は16分音符となります。リズムの最小単位=サブディビジョンがより細かくなると同時に、演奏には隙間が生まれます。エルヴィス・プレスリーの「Mystery Train」とザ・バンドのカバー版を比べてみるとわかりやすいかもしれません。ロックンロール黎明期のグルーヴは過渡期とでもいうような状況にありました。ちょうどロックンロールのリズムがスイングからイーブンへの移行する時期で、ハネるリズムとハネないリズムの中間のようなリズムで演奏された音源が多いです。ニューオーリンズが生んだ不世出のドラマー、アール・パーマーが参加したファッツ・ドミノの「I'm Walkin'」やサーストン・ハリスの「Little Bitty Pretty One」はやはりマイルドにハネています。この2曲はキックのダブルが耳を引きます。こうしたタイプのビートをハーフタイムに解釈して組み直したものが「Get Out of My Life, Woman」であるというのが私の自説です。90年代初頭のヒップホップで再発見され、重宝されることになる「ドドッ」というダブルのキックは、元を辿ればロックンロールにあるような気がしています。「Get Out of My Life, Woman」のドラムが同時代のロック系ミュージシャンにもたらしたインパクトは大きく、バッファロー・スプリングフィールドの「For What It Worth」やトラフィックの「Deat Mr Fantsy」はその影響下にあるものと言って良いでしょう。
ロックンロールのハーフタイム化は革命的なことでした。60年代中頃のR&Bに見られる傾向だと思いますが、一方にダンス・チューンとしてストレートな8ビートやシャッフルのビートがあり、他方にじっくりと歌を聴かせるスローな6/8拍子(いわゆるハチロク)がある、そんな区分けが見受けられます。その傾向はアレサ・フランクリンの60年代後半のアルバムに顕著です。68年の「Lady Soul」でいえば、8ビート系の「Chains Of Fools」や「Come Back Baby」がダンス・チューン、「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」や「Ain't No Way」が歌ものという区分けになります。ロックンロールのハーフタイム化は、比較的ゆっくりしたテンポの歌ものにおけるアレンジの新たな可能性を拓いたといえます。この発明によりダンサブルでかつ歌が活きるアレンジが可能になりました。その代表例がザ・バンドの「The Weight」です。こちらはハーフタイムシャッフルのリズムとなっております。ロビー・ロバートソン本人がいうように、この曲のイントロのギターはカーティス・メイフィールドのプレイに影響されたことは有名な話です。その頃、カーティス・メイフィールドはインプレッションズの一員として活動していました。「The Weight」におけるインプレッションズの影響はギターだけではないように思います。そのグルーヴも同様に強く影響を受けているように感じています。例えば「People Get Ready」「Falling In Love With You」「Love's A Comin'」「It's All Over」といった曲は、ドラムのビートこそハーフタイムシャッフルではないものの、グルーヴの基盤となるグリッドレベルにおいてはマイルドなハーフタイムシャッフルになっています。「The Weight」が収められたアルバム「Music From Big Pink」には「Tears Of Rage」「In A Station」「I Shall Be Released」などハーフタイムシャッフルに類する曲がたくさんあります。このアルバムを特徴づけるリズムといっても過言ではないでしょう。ちなみに「I Shall Be Released」はニーナ・シモンもカバーしていますが、こちらはハチロクのリズムにアダプトされています。またザ・バンドはサム・クックの名曲「A Change Is Gonna Come」を1973年にカバーしています。原曲はハネたハチロクのリズムですが、ザ・バンドはハーフタイムシャッフルにアダプトしています。ハチロクとハーフタイムシャッフルは互いに乗り入れが可能という関係にあるかもしれません。「Music From Big Pink」は影響力をもったアルバムでした。エリック・クラプトンにクリームを止める決意をさせたアルバムとも言われています。もちろんビートルズのメンバーにも影響を与えており、ジョージ・ハリスンはいたく感銘を受けて、レコードを知人に配るほどの熱の入れようだったようです。リンゴ・スターはのちに「Last Waltz」にかけつけています。ポール・マッカートニーは、「Hey Jude」のプロモーション・フィルムに収められたライブにおいて、曲の終盤で「The Weight」の一節を引用しています。
「Hey Jude」もまた、若干ではありますがマイルドなハーフタイムシャッフルの感覚を湛えたグルーヴの曲です。ただし16分音符レベルでのグリッドがぼんやりしており、ハネてもハネなくても良いどっちつかずな雰囲気があります。途中で挿入されるタンバリンの刻みも中途半端です。「Hey Jude」は北のシュプリームス、南のウィルソン・ピケットによってそれぞれカバーされていますが、前者はイーブン寄りのグルーヴ、後者はシャッフル寄りのグルーヴとなっており、この対比に、原曲のどっちつかずなグルーヴの特性が現れているように思います。「Let It Be」は当初、ハーフタイムシャッフルでの演奏を試みていたようです。ポールがピアノを弾きながら、口で「チッチチッチチッチチッチ」と言いながら、リンゴに対してハイハットのパターンを指定しているリハーサル音源も残っています。この音源を聴く限りでは、リンゴのリズムがシャープすぎてレイドバックしたポールのピアノとマッチしていない感じがあります。このシャッフルのリズムの片鱗は今回リリースされた「Let It Be SPECIAL EDITION (SUPER DELUXE) 」のディスク2の「Let It Be / Please Please Me / Let It Be (Take 10)」で聴くことができます。ジョージがギター・ソロを弾くタイミングでハイハットの刻みがシャッフルになります。しかしシングルやアルバムで使用されたテイクではこの箇所はイーブンの16分音符でハイハットが刻まれています。結局ドラムのパターンにおいてはハーフタイムシャッフルが採用されることはありませんでした。「Let It Be」のドラムにおけるハーフタイムシャッフル要素は2拍目、4拍目の後半に鳴らされるゴースト・ノートに残っています。ビートルズは「Let It Be」のデモをアレサ・フランクリンにカバーしてもらうべく彼女の所属するアトランティックに送ったそうです。実際にマッスル・ショールズの腕利きミュージシャンたちとともにレコーディングしています。これが結果的にビートルズの音源よりも前にリリースされるというオチもついています。ちなみにこちらのカバー版はあまりハネていません。「Let It Be」はビリー・プレストンのオルガンも相まってゴスペルのような雰囲気が漂う曲ですが、カントリー的な響きも感じています。メロディだけを取り出せば、「For Sale」の頃にハーフタイムではないシャッフルのリズムでリンゴがボーカルを取っていてもおかしくおりません。実際ジョン・レノンがリハーサル中にがふざけてカントリーチックなギターの伴奏をつけて「Let It Be」を歌う一幕も音源として残っています。ソウルとカントリーの折衷的な曲想はダン・ペンとスプーナー・オールダム的といえるかもしれません。そういう意味で、アレサにデモ音源を送ったのも頷けます。他にもクラレンス・カーターやグラディス・ナイト&ザ・ピップス、アイク&ティナ・ターナー、レイ・チャールズといったミュージシャンが「Let It Be」をカバーしています。これらのアレンジを聴くと、ポールが想定していたのはこうしたものだったのではないかという想像してしまいます。グルーヴの不一致がバンドに不和をもたらすという説があります。個人的にこの説はなかなか侮れないと思っています。「Let It Be」に関連情報として、映画「ザ・ビートルズ:Get Back」がディズニープラスで11月25日、11月26日、11月27日に配信されます。監督はピーター・ジャクソン。こちら非常に楽しみです。「Let It Be」のアレンジが固まっていく様が見れることを期待しています。
トゥ・オブ・アス / Two Of Us 一緒に歌うジョンとポールの“声の調和”が明快になり、特にジョンのボーカルがより分離した印象となった。ポールのギターのストロークは指の動きがみえるほどだし、リンゴのバスドラムのキックも足を踏みしめている様子が伝わるほど明瞭である。
ディグ・ア・ポニー / Dig A Pony 特にこの曲のニュー・ミックスに関しては「レット・イット・ビー...ネイキッド」と比べると違いがわかりやすい。ジョンとジョージによるエレキ・ギターが「ネイキッド」では音圧高めの轟音で、とんがった響きになっていた。だが今回は、ギターは抑え目でバンド・サウンドを重視した5人による音の調和が楽しめる仕上がりである。フィル・スペクターが最初と最後のボーカルをカットしたが、今回はその繋ぎが以前よりもわかりやすくなった。
アクロス・ザ・ユニバース / Across The Universe 収録曲の中で最も変貌の激しい1曲。ジョンのアコースティック・ギターが艶やかな響きとなり、ボーカルも、エコー感を含めてより幻想的に伝わってくる。何よりストリングスが全体を包みこむように全体的に広がったことで、曲の印象が大きく変わった。
アイ・ミー・マイン / I Me Mine イントロのアコースティック・ギターとエレキ・ギターが左右に分離したことで、音の塊として迫ってくる従来のヘヴィ・ロック調のサウンドが和らいだ印象となった。フィル・スペクターによるストリングスも同じく分離度が増し、「アクロス・ザ・ユニバース」と同じく“ウォール・オブ・サウンド”を特長とする“スペクター色”が薄まっている。
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード / The Long And Winding Road フィル・スペクターの仰々しいストリングスや女性コーラスが控えめになり、「レット・イット・ビー」と同じくポールのピアノがよりクリアになった。リンゴのドラムも煌めくような音色で、ポールが嫌う壮大な雰囲気が大幅に減少。エンディングのハープはポールの希望でジャイルズは小さめにミックスしたと語っている。