つれづれなるままにリボルバー祭り
Tribute Vlog for Revolver: Special Edition
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ポール・マッカートニー&ウイングス
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ルーフトップ・コンサート完全解説 独創的で伝説的なパフォーマンスの全貌
Get Back (The Rooftop Performance) - The Beatles

約53年の歳月を経て、2022年1月28日、ビートルズの最後のパフォーマンスが「Get Back (The Rooftop Performance)」として音楽ストリーミングで配信された。あの屋上で演奏された全10曲をほぼ完全な形で聴くことができるようになったのだ。1969年1月30日に行われた驚くべき出来事を撮影したものは、ピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー映画「ビートルズ:Get Back」のクライマックスにもなっている。しかし映画内では、地上で繰り広げられるドラマを魅力的に伝えるため、屋上の音楽が常に前面に出ているわけではない。ジャイルズ・マーティンとサム・オケルによる新しいミックスは、屋上でのセッションを収録した2巻のテープからほぼすべてが収められている。この歴史的な音源を聴くことは、スリリングな体験だ。当時は誰も予期していなかったが、これがビートルズの最後のライブとなった。このコンサートは斬新で、ユーモラスで、前代未聞で、ビートルズを永遠たらしめる要素を集約したものであり、バンドによる最後のライヴを飾るにふさわしいものとなった。

屋上ライヴを行うことになるまで
英ロンドンのサヴィル・ロウ3番地にあるアップル社の屋上でバンドが演奏することになったのは、1968年10月に発売されたアルバム「The Beatles」が完成した直後、ポール・マッカートニーがあるアイデアを提案していたからだ。ポールはこう振り返る。「僕自身がバンドの大ファンで、今まで一緒にやってきたことが大好きだった。だからいつも一緒にいようとしていたし、何かできないかって考えていたんだ」。1969年1月2日、ビートルズは野心的な新プロジェクトの核となる3つのアイデアを持って、ロンドン南西部にあるトゥイッケナム・フィルム・スタジオに集まった。1966年8月の全米ツアー以来、ライヴを行っていなかったビートルズが、再びステージに立ち、テレビで生中継されるコンサートをすることが1つ目の目的だった。2つ目のアイデアは、テレビ特番のためのリハーサルをすべて撮影することだった。ポールがドキュメンタリーのコンセプトを説明しているところをカメラが盗み聞きしていると、ジョージ・ハリスンが「これは本当に映画を作っているの?」と疑問を投げかけ、ポールが「ああ、ピカソの絵のようなものだよ。何もないところから始めて、最終的にはテレビ番組になるんだ」と説明している。そして3つ目のアイデアとは、それまで観客が聞いたことのない曲を、わずか2週間半の間に作り、演奏することであった。リハーサルの最中、ジョージがトゥイッケナム・フィルム・スタジオから離れ、そしてビートルズからも脱退してしまうような緊迫した場面もあった。この危機は、居心地の良いアップル・スタジオに移動し、テレビ番組の生中継やコンサートのための海外旅行などの贅沢な計画を中止することで解決した。その贅沢で奇抜な計画はいくつかあったが、その中の一つには、クイーン・エリザベス2のような豪華客船を2隻ほど借りて、ビートルズと観客をアラブの砂漠に連れて行き、たいまつを灯してコンサートをするというものもあった。ジョージは、1969年1月25日に撮影クルーが録音したディスカッションの中でこう語っている。「今までの僕らにとって最高にうまくいったことっていうのは、今回のように計画されたものじゃない。ただ、何かに向かっていけば、それ自体がうまくいく。それが何であれ、うまくいくんだよ」。そして、最終的にはジョージの言う通りになった。アップル社のオフィスビルの最上階に行き、ロンドンの景色を一望したことがきっかけで新曲のいくつかを屋上で演奏するという斬新なアイデアが生まれた。リンゴ・スターはこう振り返る。「あれこそがビートルズらしいやり方だよ。最終的には、“じゃあ、屋上に機材を置いて、やっちゃおうぜ!”ってなったんだよ」。当時撮影を担当していた監督のマイケル・リンゼイ=ホッグは、映画の締めくくりにコンサートを行う可能性があることに安堵していた。「映画を見ている観客のことを考えると、バンドがトゥイッケナムからアップルに移動して、そのハードワークの結果や何が起こっているかを示せるような、ある種の成長や成果が描かれていなければなりません。何らかの解決策があることを強く望んでいたんです」。コンサートの前日、ジョージは「屋上には行きたくない」と言っていた。決められた時間に集まって屋上への階段を上っても、4人がその気になるかどうかは直前まで微妙なところだった。

屋上コンサートの全貌
1969年1月30日12時30分、屋上に現れたビートルズは、準備時間は僅かだったがカメラやスタッフを増員してステージを作るための入念な準備をしており、誰もが安心していた。テープの冒頭で「ロール・カメラ、テイク・ワン」という掛け声が聞こえた後に、リンゴがドラムキットの位置を迷っている様子や、ポールが飛び跳ねて下に敷いた木の強度を確かめている音が収録されている。エンジニアのグリン・ジョンズとプロデューサーのジョージ・マーティンが、ビルの地下にあるコントロール・ルームでサウンド・レベルを設定するために、ビートルズが「Get Back」を演奏している時に、録音は一旦停止した。その後、録音が再開され、テープボックスにはリハーサルと書かれた「Get Back」の最初の全演奏が収録された。屋上にはほとんど人がいなかったので、曲の終わりの静かな拍手は、クリケットの試合で聞こえる丁寧な拍手のようにポールには感じられたため「(クリケット選手の)テッド・デクスターがもう1点取ったようだね」と、上品な解説者を冗談交じりで真似てみせた。ジョン・レノンは、昼間の時間に演奏していると、バンドが有名になる前に、リヴァプールのキャヴァーン・クラブでランチタイム・セッションを何度も行っていたことを思い出したようだ。当時のビートルズは、お昼の休憩時間にキャバーンでお昼ご飯を食べている観客から演奏曲のリクエストをされることが多かったのだ。マイケル・リンゼイ=ホッグがグリン・ジョンズに録音を止めるように言う前に、「マーティンとルーサーからのリクエストを頂きました」とジョンが冗談を言ったのはそのためだ。「Get Back」の2回目の演奏の後でもジョンは「デイジー、モリス、トミーからリクエストを頂きました」と言っている。ルーフトップ・コンサートには、ビートルズがデビュー前の修業時代にドイツ・ハンブルグにあった治安の悪いクラブで演奏していた頃に出会った友人、ビリー・プレストンがバンドに加わっていた。1962年、当時10代だったキーボード奏者のビリー・プレストンは、ロックンロールのパイオニアであるリトル・リチャードとともに西ドイツの港にやってきていたのだ。1969年1月、BBCのテレビ特番に出演するためにロンドンに来ていたビリーは、すぐにアップルから演奏をするように依頼されることになった。「もともとは、バンドに挨拶をするためにちょっと寄ろうとしただけだったんだよね。バンドとジャムを始めたら、アルバムを仕上げているから泊まっていって制作を手伝ってくれと言われたんだ。そして私をバンドの一員として扱ってくれた。それはもう最高でしたよ」。「Don't Let Me Down」は、ルーフトップ・コンサートで2回演奏された。1回目の演奏ではジョンが2番の歌詞を忘れてしまい、「And all is real, she got bleed blue jay gold」と意味のない単語の羅列になっている。ドキュメンタリー「ビートルズ:Get Back」では、アップル社のコントロール・ルームで撮影した映像を確認する様子が撮影されているが、この無意味なセリフを聞いたジョンは、カメラを真っ直ぐに見つめ、眉をひそめていた。この日には「Don't Let Me Down」がもう一度演奏されたが、その時には、冒頭の歌詞を間違えている。1970年5月に発売されたアルバム「Let It Be」には、屋上で演奏された「I've Got A Feeling (Take 1)」「One After 909」「Dig A Pony」が収録されている。「Dig A Pony」を演奏するにあたり、ジョンは歌詞を覚えてなかったためカンペを見ながら演奏する必要があった。そこで、アシスタントのケビン・ハリントンが、膝をついて歌詞カードを掲げて譜面台代わりになり、ポールは演奏前に「長い曲だから楽にしてね」と言っている。ちなみにアルバム「Let It Be」に収録された「Dig A Pony」には、ルーフトップで演奏された際に最初と最後に歌われていた「All I want is you」のリフレインが編集でカットされている。


1リール目の録音を止める直前、「Dig A Pony」の最後で「コードを弾くには手が冷たすぎるよ」とジョンが言っているのが聞こえる。気温は7度、屋上には冷たい風が吹きこんでいた。この寒い中での演奏を考えると、ビートルズの演奏の器用さには驚かされるばかりだ。また、録音の音質も素晴らしい。今回配信された「Get Back (The Rooftop Performance)」のために新たなミックスを担当したジャイルズ・マーティンは、当時の音源についてこう言う。「グリン・ジョンズの素晴らしさがよくわかります。今の時代、もし屋上で演奏しようとしたら、1969年に録音されたものほど良いものにはできないと思います。屋上で行っていた演奏を聴いていることを忘れてはいけません。(残されている音源には)マイクに風切り音があまり入っていません。そしてヴォーカルとギターの音が際立っているんです」。新ミックス「Get Back (The Rooftop Performance)」の音源では、左にジョンのギター、右にジョージのギター、左にビリーのエレキピアノ、中央にドラム、ベース、ヴォーカルが配置されている。2本目のテープには、英国国歌「God Save The Queen」をビートルズが即興で演奏するジャムの一部が録音されていた。続いて「I've Got A Feeling」と「Don't Let Me Down」の2テイク目が収録。この日の最後に演奏された曲は3度目となった「Get Back」だ。警察官が屋上に到着して並んでいた時に演奏されたこのバージョンでは、1番の途中でギターアンプのスイッチが切られたが、ジョージが反抗的にスイッチを入れ直した(編註:楽曲開始40秒ごろから)。また、ポールは「Get Back」の最後に「ロレッタ、君は外に長くいすぎたね。また屋根の上で遊んでるけど、これは良くないよ、ママがこれを好きじゃないって知ってるだろ。君のママは怒ってるから、ママに逮捕されちゃうよ!」と即興で歌っている(編註:ロレッタは「Get Back」の中に登場している人物。具体的に誰のことかはポールは明らかにしていない)。街中で起きている騒音や騒動に対する苦情は、屋上にも伝わっていた。ポールはこう振り返っている。「映画の最後を飾るにはこれしかないって突然思いついたんだ。みんなが警察に捕まって、刑務所に連れて行かれるんだ」。リンゴもポールの意見に同意している。「あの時はこう思っていたよ「そうだ、俺たちは撮影中だった。ドラムから引きずり降ろしてくれ」ってね。そうなったら良かったんだけどね。でも、「あの、音を小さくしてくれますか」と言われただけったんだ」。彼らの思い付きの通りにはならなかったが、屋上に来訪した警察官が足止めされたことで、すべてがうまくまとまった。バンドが屋上を去る前、ジョンはグループの初期の頃を思い出してこう言った。「グループを代表してお礼を申し上げたいと思います。私たちがオーディションに合格していることを願っています」る

その反応
実際のところ、平日のお昼時、予告なしに行われた屋上ライヴは万人に歓迎されたわけではなく、マスコミでの報道も驚くほど少なかった。ロンドンの新聞イブニング・スタンダードは「警察がビートルズの”騒音”を止めた」という見出しで、次のように報じていた。「アップル社の隣の会社の役員、スタンレー・デイビス氏は「この血生臭い騒音を止めて欲しい。あんな行為は恥ずかしすぎるだろ」と話していた」。また、近くの銀行の従業員はこの出来事について同紙に「バルコニーや屋上にいる人たちは皆、セッションを楽しんでいるようでしたよ。中には良い音楽を認めない人もいますけどね」と語っていた。NME では「アレン・クライン、ビートルズを助ける」という記事の中で、「先週の木曜日、ロンドンのサヴィル・ロウにて、特別に書かれたいくつかの曲が通行人に聞かれた」ということがさりげなく紹介されただけだった(編註:アレン・クラインは当時のマネージャー)。1964年に撮影されたビートルズの最初の映画「ハード・デイズ・ナイト」では、ジョンが「子供たち、僕には考えがあるんだ!ここでショーをやろうじゃないか」と言って、映画のミュージカルの決まり文句を揶揄していた。5年後、彼らは最後の作品でまさにそれを行ったのである。このルーフトップ・コンサートはその後、様々な人たちに模倣されている。有名なものでは、1987年、U2がロサンゼルスのダウンタウンにある酒屋の屋根の上で「Where The Streets Have No Name」を演奏したことだろう(同時に交通も妨害して警察沙汰になった様子がビデオに残っている)。また、ザ・シンプソンズの制作者は、ホーマーによるアカペラグループ「ザ・ビー・シャープス」が「モーズ・タバーン」の屋根の上で歌っている様子を映し出し、ビートルズへ敬意を表した。この番組にカメオ出演したジョージは「やったことあるよ」と言っている。ビートルズの伝説的なルーフトップ・コンサートを全曲収録した「Get Back (The Rooftop Performance)」は、彼らが最高なバンドであることを裏付けている。最後にリンゴがニヤニヤしながら思い出していた言葉で締めよう。「ここ何年かで、最もライヴに近いものになった。曲を聴いて、エネルギーに耳を傾けてみてよ。僕はパートナーの一人にこう言ったんだよ、“悪くないバンドだね”って」。

ザ・ビートルズ:Get Back

Thanks! uDiscoverMusic

インスタで「レット・イット・ビー」になろう!

Thanks! ザ・ビートルズ 日本レーベル公式

「レット・イット・ビー」はどうやってできたのか
レット・イット・ビー

1969年1月30日、英ロンドンの高級住宅地サヴィル・ロウにあるアップル社のオフィスの屋上でビートルズが行ったゲリラ・ライヴを、彼らのフェアウェル・ライヴと考えてもおかしくはないだろう。演奏後に、バンドは静かに階段を降りて通りに出て、集まった人たちは仕事に戻り、ビートルズのメンバーはそれぞれの道を進んでいき、そうしてバンドの物語は終わり。ということを想像するのは難しくない。しかしそこで物語は終わらなった。その数週間後、ビートルズはスタジオに戻り、そのまま春の間もレコーディングを続け、その後、7月と8月のほごぼ全期間を「Let It Be」が発売される何か月も前るリリースされたアルバム「Abbey Road」の完成に費やした。映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズを手掛けた名監督ピーター・ジャクソンが新たに手掛けているドキュメンタリー映画「The Beatles: Get Back」は、1969年1月に撮影された何時間ものフィルムから、今までとは異なるバンドの物語を提示することになるだろう。「現実は神話とは全く異なるものです」と監督は最近明らかにしている。映画についてリンゴ・スターは「バンドが解散する18ヶ月前、マイケル・リンゼイ=ホッグによって撮影した映像と音声をすべて見直してみましたが、驚くべき歴史の宝庫でした。確かにドラマチックな瞬間もあったけど、このプロジェクトで長い間言われてきた僕らの不仲なものはない。たくさんの喜びがありましたし、ピーターはそれを見せてくれると思います。今回のバージョンは、私たちが本当にそうだったように、もっと平和で愛に満ちたものになると思います」とコメントしている。そして、ポール・マッカートニーもリンゴの意見に同意してこう付け加えている。「明らかに僕らに一緒にいて楽しんでいました。お互いに尊敬し合い、一緒に音楽を作っているのが皆さんも見ることができます、それがひもとかれていくのがとても楽しみです」。では、なぜ「Let It Be」のアルバムが彼らの解散と結びつけられるようになったのだろうか?

ゲット・バック・セッション
1969年はビートルズの名を冠した2枚組のアルバム「The Beatles」がチャート1位にランクインしたことで始まった。それだけでは十分ではなかいかのように、アニメーション映画「イエロー・サブマリン」のサウンドトラックが、1月17日に発売されている。そんな中、彼らは元旦の翌日、次のプロジェクトの準備をしているところを撮影されるために、トゥイッケナムのスタジオに向かうために、夜明け前に起きていたのだ。トゥイッケナムには少なくともアルバムを録音するのに十分な機材はなかったが、この企画は当初、テレビ特番用にリハーサルやパフォーマンスを撮影することだった。撮影したのは当時28歳の若くてダイナミックなマイケル・リンゼイ=ホッグだ。彼は、革命的なポップTV番組「Ready Steady Go!」を担当し、ビートルズの「Paperback Writer」「Rain」「Hey Jude」「Revolution」のプロモクリップを監督した経験があった。音楽プロデューサーのグリン・ジョンズもこの場におり、彼は、テレビ特番として収録される予定だったライヴ・コンサートの音響監修のために招かれていた。グリンはリンゼイ=ホッグと共にザ・ローリング・ストーンズの「The Rolling Stones Rock and Roll Circus」のTVスペシャルで仕事をしたことがあったためだ。

トゥイッケナムからアップルへ
ライヴ・パフォーマンスに適した曲が詰まったアルバム「The Beatles」でチャート1位を獲得したにもかかわらず、ビートルズはすぐに新曲の制作に取り掛かった。1月2日、ジョン・レノンがジョージ・ハリスンとともにギターをチューニングする間に「Don't Let Me Down」を演奏。二人がこの曲に慣れ始めた頃、リンゴ・スターが到着し、すぐにドラムで参加した。ジョージはジョンに「いい曲だね。シンプルな曲が好きなんだ」と「Don't Let Me Down」が気に入ったと伝えている。この最初の朝のセッションにポールは遅刻してきたが、到着したと同時にポールも演奏に参加した。こうしてセッションは続き、「Don't Let Me Down」の他にも「Two Of Us」「I've Got A Feeling」「All Things Must Pass」「Maxwell's Silver Hammer」などの演奏が行われた。彼らは新曲に集中しただけでなく、リバプールやハンブルグでの名声を得る前の時代にさかのぼって、多くのカバー曲をジャムしたりもしていた。しかし、前年の「The Beatles」のセッションの途中で、リンゴが一時バンドを脱退した時と同じ緊張が再燃した。1月10日の金曜日の昼食前に、ジョージが脱退を宣言して、スタジオを離れたしまった。残った3人のメンバーはトゥイッケナムから場所を移すまでの数日間、ジョージ抜きで活動を続けた。そして1月20日、ロンドン中心部のサヴィル・ロウにあるアップルのビルの地下に新しく設置されたスタジオにジョージを含めた全員が集結した。しかし、ビートルズの仲間だったギリシャの電子技術者マジック・アレックスが設定したセットアップに不備があることが判明し、翌日にアビーロードにあるEMIのスタジオからポータブル機器が運び込まれ、作業が再開された。リンゴはこう振り返っている。「アップルの設備は素晴らしかった。とても快適で、自分たちの家のようでもあった。私たちが働いてないときでも、居心地を良くするために、暖炉の周りに座ってくつろぐこともできた。ただ、自分たちの演奏をプレイバックで聴くときだけは火はつかえませんでした、薪のはじける音がしたのでね」。

ビリー・プレストンの加入
スタジオの雰囲気は、卓越したオルガニスト、ビリー・プレストンが加わったことでさらに向上することになる。ビートルズはハンブルグ時代から彼のことを知っていたが、彼がこのセッションに参加したことでグループ内の士気が高まったのだ。ビリーがロンドンでレイ・チャールズと演奏していた時、ジョージが彼に会ったことがきっかけでビリーを連れてきたと説明している。「僕たちが地下室で'Get Back'をやっている時に彼がスタジオに到着したんだ。僕は受付に行って、こう言ったんだ「みんなで変なことをしているから、入ってきて一緒に演奏してくれないか」。彼は興奮してたね。他の人たちもビリーを大好きなのは知ってたけど、(彼が参加してくれたことで)まるで、新鮮な空気を吸っているようでしたよ」。1969年の1月の残りの時間はサヴィル・ロウの地下室でトゥイッケナムで出来た曲を磨きながら、新しい曲にも取り掛かった。「Get Back」はトゥイッケナムでもジャムセッションされていたが、1月23日、アップル社にきた頃にはより完全に形になっていた。他にもジョージの「For You Blue」、ポールの「Let It Be」と「The Long And Winding Road」、ジョンの「Dig A Pony」など完成間近の曲があった。このセッションで演奏された多くの曲は、リンゴの「Octopus's Garden」、ジョージの「Something」、ジョンの「I Want You (She's So heavy)」、ポールの「Oh! Darling」などで、それらはアルバム「Abbey Road」に収録されたものや、他には各人のソロ・アルバムに収録されることになる曲も含まれている。プロジェクトを締めくくるライヴ・パフォーマンスの場所の候補として、北アフリカの古代円形劇場から孤児院まで、いくつかの会場が検討されていたが、最終的にロンドンの賑やかなリージェント・ストリートの裏手にあるアップル社のビルの屋上で、ゲリラ・ライヴを行うことが土壇場で決定された。ポールはこう振り返る。「「あと2週間でどうやってこれを終わらせるか?」って映画の終わり方を探していた。そこで、屋上に上がってコンサートをして、それぞれが家に帰るってことになったんです」。

1969年1月30日、ルーフトップ・コンサート
ビリー・プレストンがキーボードを担当したビートルズは、1969年1月30日、木曜日の昼休みの約45分間、屋上で演奏を行った。それは、警察が近隣の企業から騒音や群衆が増えたことで発生した交通渋滞の苦情を受けてバンドに演奏をやめるように要請するまでの間の時間だった。リンゴは警察が到着した時のことを覚えている。「近所の誰かさんが警察を呼んだんだけど、警察が来た時、僕は少し離れたところで演奏してたんだけど、“うわ、すごい!”って思ったよ。できれば警官に引きずられたかったね。“ドラムから離れるんだ”って言われて羽交い絞めされるようなね。何もかも撮影されてたし、シンバルとか何かを蹴ったりしてたら、すごい良い画が撮れたはず。もちろん警察にはそんなことはされなかった。“音を小さくしてくれますか”って言われただけでしたね」。その翌日は歴史的な一日となる。バンドが「Let It Be」「The Long And Winding Road」「Two Of Us」を演奏したスタジオ・ライヴのシーンは、ビートルズの4人が一緒に撮影された最後の機会となったのだ。そして映画を制作のための1ヶ月間のセッションは終了した。しかし、それだけで物語は終わらない。アルバム「Let It Be」が日の目を見るのは1年以上も先のことだった。

発売されなかった「Get Back」と発売された「Let It Be」
ゲット・バック・セッションで録音された音源はグリン・ジョンズに手渡された。彼は何十時間にもわたって録音された音楽から、ビートルズを忠実に再現したアルバムを作ることを任されたのだ。1963年のデビュー・アルバム「Please Please Me」を模したカバーの写真撮影が行われたが、1969年の夏に「Get Back」というアルバムをリリースするという当初のアイデアは最終的に実現しなかった。グリン・ジョンズは1970年1月初旬、ほぼ完成した映画に合わせて再びアルバム「Get Back」の新しいバージョンを編集した。映画の中で演奏された新曲を映画のサウンドトラックに入れたいというバンドの希望を反映してか、ジョージの「I Me Mine」の完全版が欠けていたため、ポール、ジョージ、リンゴは1970年1月3日にスタジオに戻り、2日間滞在して「Let It Be」にオーバーダブを加えて録音した。しかし、その努力も棚上げとなり、伝説的なアメリカのプロデューサー、フィル・スペクターがプロジェクトを完成させるために参加した。そして、出来上がっていた楽曲に合唱とオーケストラのオーバーダブを追加するというフィルの決定はポール・マッカートニーを怒らせた。「彼はあらゆる種類のものを追加したんだ。自分だったらやらないような、“The Long And Winding Road”に女性コーラスをいれたりね。史上最悪のレコードになったとは思わないですが、僕らのレコードに僕らの知らないような音が入っていたという事実は間違っている」。ゲット・バック・セッションが終了してから1年以上経った1970年5月8日、ついに「Let It Be」がリリースされた。裏表紙には「新しいフェーズのビートルズのアルバム…」と書かれていたが、アルバムがプレスされている間には、バンドはもう存在しなかった。このアルバムは実際には彼らの最後の音楽作品にはならなかったかもしれないが、これはビートルズがそのままにしておいた(Let It Be)サウンドだったのである。

Thanks! uDiscoverMusic

「レット・イット・ビー」作品解説 その7 映画とデビュー60周年への期待
ザ・ビートルズ:Get Back

首を長くして待っていたファンは世界中にどれだけいたことだろう。ビートルズの「ルーフ・トップ・コンサート」からちょうど50年後となる2019年1月30日に映画「レット・イット・ビー」に続いてゲット・バック・セッションを題材にした新作映画が制作されると公表されてからおよそ3年。ついに11月25日から3日間、ディズニー・プラスで映画「ザ・ビートルズ:Get Back」の上映が開始された。まずは、57時間以上の未公開映像と150時間以上の未発表音源を秀逸なドキュメンタリー作品としてまとめ上げたピーター・ジャクソン監督に敬意を表したい。そして、そもそも元となる映像と音源を残した映画「レット・イット・ビー」の監督、マイケル・リンゼイ=ホッグにも多大な感謝の意を伝えたいと思う。映画は、先に発売された同名の公式写真集「ザ・ビートルズ:Get Back」と同じく、ゲット・バック・セッションを時系列で丹念に追った作品となった。しかも、映画「レット・イット・ビー」が81分だったのに対し、今回は6倍の約8時間という大作である。(それでも、元の映像の7分の1というボリュームだが) 当初伝えられていたような、ビートルズの4人が明るく楽しく和気藹々とセッションを続けている作品になるかと思いきや、むしろ1969年1月2日から31日までのセッションの過程 ― 曲を練り上げていくときのメンバー間の意見のぶつかり合いやテレビ特番を実現するためにライヴをどのように行なうべきかを真剣に話し合う場面などが、丹念に描かれている。それだけでなく、例えば「レット・イット・ビー」では編集されていた「トゥ・オブ・アス」のポールとジョージの言い合う場面が、どういう流れでそうなり、その後どういうふうに進んでいったか、わかりやすく丁寧に伝えられている。さらに言えば、「レット・イット・ビー」ではいっさい触れられなかったジョージの脱退前後の場面もきちんと盛り込んである。それを観るとジョージの脱退もやむなしと思わざるを得ない。ジョージが抜けた後の昼食時にマイケル・リンゼイ=ホッグが隠し録りした会話の音声まで使われているなど、ゲット・バック・セッションの実態を生々しいやりとりをまじえながら緻密な構成によってまとめた作品、それが「ザ・ビートルズ:Get Back」である。とはいえ、前半(1月2日から16日)のトゥイッケナム・フィルム・スタジオでのセッションが映画「レット・イット・ビー」と同じく暗くて陰鬱な印象が強いかというと、必ずしもそうではない。ビートルズ流としか言いようのない“お笑い感覚”が随所に盛り込まれている。とりわけ、ジョンのぶっ飛んだ言葉遊びをはじめ、自虐や皮肉や諧謔をまぜこぜにした独自のユーモア感覚が、ちょっとした息抜きでもあるかのように挿入されているのだ。それが何より素晴らしい。かなりの“ビートルズ オタク”だと見受けられるピーター・ジャクソンは、さすがにビートルズの本質をわかっている。後半(1月20日から31日)のアップル・スタジオに移ってからのセッションではビリー・プレストンも加わり、曲を集中して仕上げていく様子が詳細に映像化されている。そして、冒頭で触れた30日の屋上での“フル・パフォーマンス”の完全版の登場へと至るわけだ。その場面は27日のお楽しみとして、全体的に言えるのは「スタジオで4人が素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせるような体験」(ピーター・ジャクソン)ができる「リアルなビートルズ・ストーリー」が初めて描かれた歴史的な作品である、ということだ。見逃す手はない。

ザ・ビートルズ:Get Back

ところで、来年(2022年)はビートルズ結成60年という記念の年になる。ビートルズには毎年なんらかの記念があるが、2022年は中でも特別な年と言っていいだろう。1980年代にこんなことがあった。英国でのオリジナル・シングル「ラヴ・ミー・ドゥ」から「レット・イット・ビー」までの22枚を発売日の20年後にあたる1982年10月5日から1990年3月6日にかけて、“IT WAS 20 YEARS AGO TODAY”と題した息の長いキャンペーンとして順に発売していったのだ。2022年から30年にかけて“IT WAS 60 YEARS AGO TODAY”と題して、同じようなことを今回もやってくれないだろうか。これは一つの願いに留めるとして、より実現性が高いのは「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」「ザ・ビートルズ」「アビイ・ロード」「レット・イット・ビー」と続いてきたアーカイヴ・シリーズの続編である。これも年代に即して ― その場合は2023年からになってしまうが「プリーズ・プリーズ・ミー」から「リボルバー」までの7作品を2023年から26年にかけて順に発売していって欲しい。「ラバー・ソウル」と「リボルバー」が先に登場しそうな気配もあるが、いずれにしても、2022年は「レット・イット・ビー」で終着点に辿り着いたビートルズの新たな門出がまた始まる年になりそうだ。

Love Me Do - The Beatles

Thanks! ユニバーサル ミュージック

「レット・イット・ビー」作品解説 その6 リミックス盤の聴き所 Disc 4, 5
レット・イット・ビー スーパー・デラックス・エディション

「レット・イット・ビー」のスペシャル・エディションの聴きどころを中心にこれまで紹介してきたが、今回はディスク4と5についてまとめてみる。ディスク4には、幻のアルバム「ゲット・バック」が丸ごと収録され、ジャケットのデザインも含めてついに公に発売されるという、ファンにとっては「待望の」と言ってもいい内容となった。作品解説の2回目にも触れたが「ゲット・バック」は「レット・イット・ビー」の元になったアルバムだった。1969年1月のゲット・バック・セッションでサウンド・プロデューサーをつとめたエンジニアのグリン・ジョンズが1969年5月と1970年1月の2度にわたってアルバムとしてまとめたものの、ビートルズ(特にジョンとポール)に却下されたといういわくつきのアルバムでもあった。その後、1970年の3月から4月にかけて、代わりに登場したフィル・スペクターがそれらの音源を元に、新たにオーケストラやコーラスなどを加え、曲も一部変更してまとめた。それがビートルズの最後のスタジオ・アルバム「レット・イット・ビー」として同年5月に発売されたという流れだ。ちなみに、グリン・ジョンズが2度目に手を付けた「70年版」は映画「レット・イット・ビー」の内容に合わせて改変されたもので、「69年版」に収録されていたポールの「テディ・ボーイ」の代わりに映画に登場する「アクロス・ザ・ユニバース」と「アイ・ミー・マイン」の2曲が追加されるという内容の変更があった。フィル・スペクターが手掛けた「レット・イット・ビー」も、その「70年版」に添った曲目での収録となっている。今回、ディスク4に収録された「ゲット・バック」は「69年版」に則った内容(曲目)だが、音源に関しては「70年版」のものも一部使われている。「70年版」収録の「アクロス・ザ・ユニバース」と「アイ・ミー・マイン」は今回、4曲入りの「EP形式」となったディスク5に収められている。では、ディスク4「ゲット・バック LP - 1969 グリン・ジョンズ・ミックス」とディスク「レット・イット・ビー EP」の聴きどころをトラックごとに紹介する。

Disc 4 ゲット・バック LP - 1969 グリン・ジョンズ・ミックス

ワン・アフター・909
「レット・イット・ビー」収録テイクと同じく1969年1月30日のアップル・ビル屋上での演奏だが、出だしにビリー・プレストンのエレキ・ピアノの音が入ったり、ジョンとポールのボーカルが左右に分かれて聞こえたりするなど、臨場感(ライヴ感)はこちらのほうが上。「オーディションに受かってるといいんだけど」という屋上でのジョンの締めの言葉(ジョーク)がこの曲の最後に出てくるのが独特。

メドレー:アイム・レディ(aka ロッカー)/セイヴ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー/ドント・レット・ミー・ダウン
ゲット・バック・セッションでは肩慣らしや気分転換を兼ねて、昔馴染みのロックンロールやR&B、いわゆるスタンダード・ポップスなどが(いきなり)即興で飛び出してくることが多々あるが、これはその雰囲気がよく伝わるテイクだ。1月22日にビリー・プレストンが参加した日の演奏で、ポールがファッツ・ドミノの「アイム・レディ」とドリフターズの名曲「ラストダンスは私に」を歌ったのに続き、そのまま「ドント・レット・ミー・ダウン」へとなだれ込む。ノリの良い演奏で、これを聴くと、ビリーの参加で4人のやる気に火が点いたのがよくわかる。

ドント・レット・ミー・ダウン
同じく1月22日の演奏で、セッションの和気藹々とした雰囲気が伝わってくる。ビートルズ側が当初意図していた「ゲット・バック」の精神(のようなもの)の象徴的な曲の一つと言えるかもしれない。

ディグ・ア・ポニー
曲が始まる前に会話がふんだんに入っているのも「ゲット・バック」ならではの聴きどころだが、前の「ドント・レット・ミー・ダウン」から次の「アイヴ・ガッタ・フィーリング」までは1月22日の演奏で、ゲット・バック・セッションでの“一発録りによる生々しさ”を伝える好例でもある。

アイヴ・ガッタ・フィーリング
当初、「ディグ・ア・ポニー」と「アイヴ・ガッタ・フィーリング」は、間を置かずに続けて演奏するイメージでいたことが前曲でのジョンの発言でわかる。ただし、その2曲とも、演奏の良さは30日の屋上での演奏のほうが圧倒的に良く、そのあたりが「ゲット・バック」がお蔵入りした原因になったのかもしれない。

ゲット・バック
1月27日と28日に演奏されたテイクを(最後のブレイク前後に)つないだシングル・バージョンと同じ演奏。

フォー・ユー・ブルー
「ゲット・バック」のLPのB面には元々ジョージのこのブルースが収録されていた。これも「ゲット・バック」と同じくオフィシャル・バージョンと演奏は同じ1月25日のテイクだが、70年1月8日にジョージがボーカルと間奏のアドリブ・ボーカル(しゃべり)を録り直したため「69年版」と「70年版」では一部異なっている。

テディ・ボーイ
「ゲット・バック」の「70年版」制作の際に、ポールが録音中だった最初のソロ・アルバム「マッカートニー」にこの曲を収録する予定があったため、「69年版」だけに収録された曲。「アンソロジー 3」には1月24日と28日の演奏が一つに編集されたバージョンになっていたが、こちらは24日だけのテイク。合いの手で入るジョンのアドリブ・ボーカルが良い味。

トゥ・オブ・アス
「テディ・ボーイ」に続いてすぐに始まる、同じく1月24日の演奏。これも「レット・イット・ビー」に収録された31日のテイクに比べると、全体的に“リハーサル感”はぬぐえないが、それもまた「ゲット・バック」の魅力ではある。

マギー・メイ
同じく1月24日の演奏で「レット・イット・ビー」収録バージョンと演奏は同じだが、エンディングはフェイドアウトする。

ディグ・イット
「レット・イット・ビー」には「レット・イット・ビー」の導入部として50秒しか収録されていなかったが、こちらは4分を超える長尺版での収録となった(といっても元の10分を超える演奏を短く編集)。映画「レット・イット・ビー」ではこれと同じく長い演奏場面が観られたが、映画「ザ・ビートルズ:Get Back」ではどうなっているのだろうか。1月24日の演奏に、26日の「キャン・ユー・ディグ・イット?」演奏後のジョンのコメントを編集して収録。

レット・イット・ビー
ゲット・バック・セッションの最終日となった1月31日の“生演奏”を収録したものだが、間奏のジョージのリード・ギターは4月30日にダビングされたもの(シングル・バージョンと同じ)が使われている。「ゲット・バック」、シングル、「レット・イット・ビー」、そして「レット・イット・ビー...ネイキッド」と、表情の異なる4バージョンがこれで楽しめることになった。

ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
「レット・イット・ビー」用にフィル・スペクターが加えたオーケストラや女性コーラスのない、生々しい ― というよりも瑞々しいテイクで、「レット・イット・ビー」と同じく飾り気のない4人(+ビリー・プレストン)の味わい深い演奏が存分に堪能できる。映画「レット・イット・ビー」に登場する1月31日の演奏もいいが、こちらは26日の収録。

ゲット・バック(リプライズ)
アルバム「ゲット・バック」の最後に、「ゲット・バック」のシングル・バージョンのエンディングのコーダを持ってきたのは、グリン・ジョンズならではの抜群のセンス。しかも、シングル・バージョンや映画「レット・イット・ビー」よりも長く楽しめるというのがいい。

以上、全14曲を通してみてみると、ほぼ日にち順に曲が並んでいる。「ゲット・バック」は映画「レット・イット・ビー」のサウンドトラック的役割を果たしていたということが改めてわかる。

Disc 5 レット・イット・ビー EP

アクロス・ザ・ユニバース(未発表 グリン・ジョンズ 1970ミックス)
「ゲット・バック」の「70年版」に収録されたテイクだが、新たに録り直されることはなく、1968年2月のシングル「レディ・マドンナ」のセッションの際にレコーディングされた音源に手が加えられた。「アクロス・ザ・ユニバース」もチャリティ・アルバム(「パスト・マスターズ」にも)収録の“バード・バージョン”、「レット・イット・ビー」「レット・イット・ビー...ネイキッド」、そして今回ディスク1に収録されたリミックス・バージョンと、テンポもキーもサウンドも異なるテイクが数多く残された。冒頭にジョンからリンゴへの呼びかけが入っているのはライヴ感を出すためだろう。

アイ・ミー・マイン(未発表 グリン・ジョンズ 1970ミックス)
こちらはジョンが脱退を内輪で表明した後。1970年1月3日にスリートルズ(ジョージ、ポール、リンゴ)でレコーディングされた、ビートルズとしての最後のオフィシャル録音曲。冒頭にジョージからリンゴへの呼びかけが入っているのは「アクロス・ザ・ユニバース」を受けてのグリン・ジョンズによる気の利いた編集だ。オリジナルはサビを繰り返さず、2分に満たない短い演奏だった。

ドント・レット・ミー・ダウン(オリジナル・シングル・バージョン ニュー・ミックス)
シングル・バージョンだが、今回は冒頭に1月28日のレコーディング前の会話 ― 「違うのをやろう」というポールの呼びかけにジョンが応えるやりとりが追加された新たなバージョンとなった。冒頭のジョンのボーカルからして、力強さや艶やかさはこれまでに聴いたことがないくらい生々しい。素晴らしいテイクだ。

レット・イット・ビー(オリジナル・シングル・バージョン ニュー・ミックス)
「ドント・レット・ミー・ダウン」と同じく今回新たにミックスし直されたシングル・バージョン。全体を包み込むようなサウンドの広がりが耳に新鮮。フィル・スペクターによる「レット・イット・ビー」収録テイクに比べると、1970年1月4日にリンダも参加してレコーディングされたコーラスなどがより鮮明に聞こえる。


「レット・イット・ビー」の「スーパー・デラックス・エディション」には5枚のディスクに加えて、もう1枚ブルーレイ・ディスクも収録されている。内容はディスク1の「オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス」のハイレゾ(96kHz/24-bit)、5.1サラウンドDTS、ドルビー・アトモス・ミックスによる高音質の音源が収められている。また、100ページに及ぶ豪華ブックレットには関係者 ― ポール・マッカートニーの序文、ジャイルズ・マーティンのイントロダクション、グリン・ジョンズの回想記、ケヴィン・ハウレットの解説、映画の公式写真集「ザ・ビートルズ:Get Back」にも原稿を寄せたジョン・ハリスのエッセイが掲載されている。イーサン・A・ラッセルとリンダ・イーストマンによる珍しい写真も満載だが、それだけでなく、手書きの歌詞やセッションのメモ、スケッチ、手紙、テープ・ボックスなど、マニアにはたまらない数々の写真も掲載されている。

Thanks! ユニバーサル ミュージック



アナログ盤
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP スプラッター
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP 赤
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル アナログ盤スーパー・デラックス・エディション
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 4LP+EP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+Tシャツ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+トートバッグ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP ピクチャー
11/18 リンゴ・スター EP3 10インチシングル
11/18 リンゴ・スター EP3 カセットテープ
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

映画
10/1 16:40~18:20 ワンダーウォール
10/4 18:50~20:30 ワンダーウォール
10/7 18:50~20:30 ワンダーウォール
11/26~ マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説
12/2 月の満ち欠け (ジョン・レノン曲使用)
12/8 ジョン・レノン ~音楽で世界を変えた男の真実~
2023年? The Lost Weekend: A Love Story
2023年? ブライアン・エプスタイン Midas Man
2023年? ザ・クオリーメン

イベント
10/1~30 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 東京
10/1 万平ホテル アルプス館 プレミアムプラン
10/1 19:00 犬伏功の犬伏功のミュージック・ライナーノーツ Vol.32 グリン・ジョンズ特集
10/2 17:00~21:00 「ジョージ・マーティンになりたくて」刊行記念イベント
10/4 19:00 永沼忠明 マッカートニーシンガーデビュー 40周年記念ライブ 1982→2022
10/6 19:00 リンゴ・スター研究本出版記念! ~Tribute to Ringo Starr~
10/8 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
10/9まで ポップアップショップ ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド
10/20まで リンゴ・スター 北米ツアー
10/29 13:00~18:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 11:00~16:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 ビートルズ・トリビュートLIVEイベント FOOL ON THE HOLIDAY 2022
11/12 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
11/19~2023/1/9 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 大阪
11/26~1/29 マリー・クワント展
12/10 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
2023/2/12まで アンディ・ウォーホル・キョウト
2023/3まで The Beatles:Get Back to Let It Be 展

本、雑誌、ムック
10/3 ビートルズUK盤コンプリート・ガイド[増補改訂版]
10/4 パティ・ボイド Pattie Boyd:My Life in Pictures
10/5 ザ・ゴールデン・イヤーズ・オブ・ブリティッシュ・ロック 浅沼ワタル写真集
10/14 デイヴ・グロール自伝:音楽と人生 ~ ニルヴァーナ、そしてフー・ファイターズ(仮)
10/25 松村雄策 僕の樹には誰もいない
2023年 ポール・マッカートニー国内盤シングルレコード大全(仮)
2023年 マル・エヴァンス伝記本

TV , ラジオ
10/4 15:00~15:30 世界サブカルチャー史 欲望の系譜「アメリカ 闘争の60S」 30分版 NHK Eテレ

CD
10/7 BOND 25 (ポール・マッカートニー&ウイングス曲収録)
10/19 ビートルズ ワンデイ・セッション1963
10/21 NOW Yearbook Extra '79 (ポール・マッカートニー曲収録)
10/21 ラー・バンド The Rah Band:Messages From The Stars
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 5CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 2CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション CD
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

4K Ultra HD、Blu-ray、DVD
10/7 ザ・ビートルズ&インディア DVD

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10/14 ザ・ビートルズ公式カレンダー2023
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5CD (輸入国内仕様、完全生産限定盤、B2ポスター付き) amazon , Tower Records
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