つれづれなるままにリボルバー祭り
Tribute Vlog for Revolver: Special Edition
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ポール・マッカートニー&ウイングス
のトリビュート LIVE フェスティバル
WINGSFAN をプロデュースしてい
ます。このブログは私が日常生活
の中で興味を持ったことやウイン
グスや WINGSFAN などに関する
情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


男性専門美容室がアンケート調査 ビートルズのマッシュルーム・カットは今やダサい!?
ビートルズ

1960年代に世界中の女性ファンの憧れの的となったビートルズ。そのアイドル時代の髪型であるマッシュルーム・カットは今やダサい!? 男性専門美容室 PERCUT が女性609人に対して「女性が、男性の髪型でダサいと感じる特徴」のアンケート調査を行ったところ、回答者の50.9%が「きのこヘア」と答え、最も不人気であることが明らかになった。「きのこヘアは以前のマッシュルーム・ヘアのようにかなり重たい印象の髪型で、やぼったく見えるため女性ウケが悪い傾向があります」と PERCUT 川口達也代表。そのために「現代のマッシュルーム・ヘアは若干の軽さが感じられたり、顔型に合わせてアップデートされています」と川口代表は語った。調査ではさらに「ロン毛」をダサいとする女性の割合が49.3%、「ウルフカット」を27.4%の回答者がダサいとし、前髪の左右の長さが異なる「アシンメトリー」(19.4%)「短すぎるツーブロック」(14.0%)「アイロンを使用したヘアセット」(12.2%)が続いた。PERCUT は2022年8月2~3日にインターネット調査を行った。回答した女性は20代が120人、30代が121人、40代が121人、50代が126人、60代以上が121人だった。一番不人気だった「きのこヘア」とは、いわゆる「おかっぱ頭」「マッシュルーム・カット」「モップトップ」あるいは「プリン型」と呼ばれる髪型のことだろう。ビートルズの4人の髪型であるマッシュルーム・カットは当時としては長髪とみなされたが、若者たちの間では真似をする者が続出した。ビートルズ人気にあやかろうと、マッシュルーム・ヘアのかつらが売り出されたほど。一方で、年輩の世代は眉をしかめていたという。ビートルズのメンバーの家族の中でさえ、ジョン・レノンの育ての親であるミミおばさんは「あの髪、あればかりはいただけない。どうしてもダメ」だと文句を言っていたという。マスコミは彼らの髪型に注目し、1964年2月に米国上陸をした際の記者会見では「いつ髪の毛を切ったの?」と聞かれ、ジョージ・ハリスンが「昨日、切ったばかりだよ」と当意即妙の答えをして、爆笑となったことがある。ビートルズの髪型はいかにして生まれたのか? ドイツのハンブルクで知り合ったアストリット・キルヒヘアが発案したものだとされる。まず、アストリットと恋仲になる当時のベーシスト、スチュアート・サトクリフがマッシュルーム・カットにした。その髪型をみて、ジョンとポール・マッカートニーは大笑いしてからかったたが、まずジョージが真似をした。後日、ジョンとポールもきのこヘアにしたのである。それまで彼らはエルビス・プレスリーに憧れ、髪を後ろになでつけていた。

男性の髪型について男性専門美容室 PERCUT がアンケート調査

Thanks! OVO

ビートルズとインドで8日間過ごした監督に取材
ポール・サルツマン監督

一緒に座っていいか?と聞いた青年に、ジョンとポールは「もちろん」「座れよ」と答えたという。20代の時にインドのアシュラム(僧院)でビートルズと偶然出会い、8日間を共に過ごしたポール・サルツマン監督にインタビュー。ドキュメンタリー映画「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」でインドでの日々を明かす監督が、4人それぞれとの思い出をフロントロウ編集部に語ってくれたのだが、そのなかで告白した、「見つからなくて...」という「宝物」の価値がヤバすぎて... 9月23日より全国順次ロードショーする映画「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」はそのタイトルどおり、23歳の時に失恋による傷を抱えてインドのアシュラム(僧院)の門を叩いたポール・サルツマン監督が偶然その時期に同じアシュラムを訪れていたジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人と一緒に瞑想を学んだ奇跡の8日間について初めて明かすドキュメンタリー。当時、ビートルズの許可を得て彼らとの日々をカメラに収めた監督は、帰国後その写真を地下室に保存したまま、32年後に娘のひと言で思い出すまでその存在をすっかり忘れていたという。ビートルズは超越瞑想運動の創始者マハリシに招かれて訪れたインドで、代表作にして最高傑作と謳われるアルバム「ザ・ビートルズ」(ホワイト・アルバム)の楽曲の多くを作ったとされている。映画では、そんなビートルズの最高傑作「ホワイト・アルバム」誕生に遭遇した監督が、ビートルズ研究の第一人者マーク・ルイソンと共にインドを再訪。超越瞑想の推奨財団の創設者でもあるデヴィッド・リンチ監督やナレーションを担当したモーガン・フリーマンの助けを借りながら、瞑想のこと、そして本邦初公開となるビートルズの貴重な未公開写真や関係者からの貴重なインタビューを通して、ここでしか見られないビートルズの新たな素顔を明かす。

― 今回の映画はいろいろなジャンルの大物が出演しているため、映画製作にGOサインが出るまでに様々なハードルを越える必要があったと思います。どのようなプロセスで進めていったのでしょうか?

サルツマン : まず一番大変だったことは、簡単に大物には会えないということですね。彼らには、マネージャーやエージェントがいますが、必ずしも本人に伝えてくれるとは限らない。まず会うことさえも難しいですが“本人たちに自分の意志を伝えること”が一番大事な方法です。人によっても違いますが、まずはモーガン・フリーマン。実は私は1965年に差別をなくす市民運動をしていたことがあり、そのことに彼が非常に興味を持ってくれて、過去に私の2本の作品に出演してくれたことがありました。そのため、彼のLAのエージェントと連絡を取って今回はナレーションとして参加していただくことが出来ました。次にデヴィッド・リンチの場合は、手掛かりがなかったので探してくれる所に頼みました。色々駆使してやっとの思いで、彼のパーソナルアシスタントにコンタクトが取れました。電話では、ただビートルズの話をするのではなく“瞑想”に関してこういうものが作りたいと話したら、相手はすぐに理解を示してくれました。そして、パリにいるデヴィッド・リンチ本人にメールで一生懸命に思いを伝えたのです。例外的にすぐに返事を頂いて、パーソナルアシスタントには「普通、次の日に連絡来ることなんてないのに、リンチがすぐに返事してくれて驚いたよ。良かったですね」と言ってくれました。最終的に、リンチは私にも凄く優しく接してくれて、時間なども気にすることなく、素敵な時間を一緒に過ごすことが出来ました。最後にバンガロー・ビル。ハワイに住んでいたのですが、彼もたくさん探して見つけ出しました。これから撮影が始まるというときに、私は「ところで、あなたは“バンガロー・ビル”のモデルということで、たくさんインタビューされたんでしょうね」と尋ねたら、「いや、初めてです!」と言われて非常に驚きました(笑) つまり目的をしっかりと説明して、どういう意図で私が存在していて、また相手に納得してもらえるのかをしっかり考えて伝えることができれば、それが大物であろうと一般の方であろうと、ちゃんと答えてくれているのです。つまり、そこまで到達する道のりをどうやってクリアするのかということが一番大事なのです。

― ビートルズのメンバー全員と過ごせるなんてすごいことですよね。あなたとの関係においてメンバーそれぞれはどのような存在だったか教えていただきたいです。

サルツマン : ジョージ・ハリスンは、私にとって一番話しやすい存在でした。とにかく素晴らしい話がたくさんできましたし、地に足がついていて、とても聡明で優しい人です。ジョン・レノンとも、もちろん楽しい会話がたくさんできました。彼はユーモアのセンスが抜群。楽しそうに相手をからかって、人を傷つけることはないけど、ストレートな表現ではなく少しひねった冗談を言う人でした。恐らくメンバーの中で、一番頭のいい、スマートな人だったと思います。ポール・マッカートニーは最も外交的な人。誰とでも仲良くなれるタイプで、誰にでも優しく接することが出来る人でしたね。4人の中では一番付き合いやすい人だったと思います。普通はジョージが一番大人しいと言われているのですが、あの時はリンゴ・スターが一番口数少ない印象です。とても心の優しい持ち主だったと思います。彼はいつも16ミリのカメラを持っていて、インドでの経験を作品として撮りたいという意志を持っていました。ただ撮っていると自分自身が入らないので、2日間彼からカメラを渡されて「撮ってほしいんだ」と言われていました。カメラで撮った後に、木の下で本を読んでいたらリンゴが、ビートルズの日々が収められた100フィートくらいの長さのフィルムを私に渡してくれて、「これはいつか、きっと意味のあるものになると思う。だから、君にあげるよ」と言ってくれました。それで今回、必死になって探したんだけど、まだ見つからなくて...その宝物がどこにいってしまったのか...

― マハリシのもとを訪れる理由はそれぞれ違います。あなたの目から見て、ビートルズのメンバーはそれぞれどのような目的で来ていて、マハリシの教えはその心にどれほど届いているように見えましたか?

サルツマン : 彼らが何故来たのか、プライベートなことですし、それについて話したこともなかったので、私には分かりません。私が言えることは、ジョージやジョンは瞑想することで多くのものを得て、帰ったと思います。ポールに関していえば、知ろうとしていたという感じかな。リンゴは、家族で来ていたこともあって、みんなについていくように行動していました。それぞれ何かを得て帰ったと思いますが、私には計り知れないです。

― インドでの経験で「人生が変わった」とおっしゃっていますが、その写真を30年越しに発見したことは、あなたの精神にどのような影響を与えましたか?

サルツマン : 32年越しの今、どのような影響を与えたのかを語るにあたって、当時のインド滞在が僕の人生にどれだけ影響を与えたのか、触れさせてください。その繋がりでご説明させていただければと思っています。インドに行ったとき、今まで抱えていたストレスも消えていき、まさに自分の人生の中の何かが開くような感覚を経験しました。例えば、アメリカ人やカナダ人と比べると、インドの方はいつも心を開いてくださっている感じがします。そしてインドでは、色彩や音楽、芸術や美術、工芸、踊り、そういった全てのものが創造性を豊かにしてくれ、インパクトを与えてくれました。今回の質問は、この経験の“続き”だと思っています。つまり、インドで見つけた創造性や瞑想、精神的に与えてくれたものは全て、今も“継続”しているのです。

― 今回は娘さんのひと言で写真の存在を思い出したということでしたが、そんな娘さんを最も感心させたインドでのエピソードは何でしょうか?

サルツマン : ビートルズは7週間という短い期間で48もの曲を生み出しました。インドでの経験が、それだけの創造性を刺激したことに感心していました。この48曲というのは、映画の中でマーク・ルイソン(ビートルズ研究の第一人者)がアシュラムで作られたものは30曲くらいしかカウントできないと話しています。しかし、当時ビートルズが所有していたアップル・フィルムズの責任者に会った時に「彼らはインドでどのくらいの曲を作ったんですか?」尋ねると、彼は「“正確な数を知っている。48曲だ」と答えていました。根拠も聞くと、インドから帰国したポールが48曲作ったと言っていたと話しています。つまり、娘は瞑想というものがどれほど人間に大きな力を与えて、創造性豊かにしてくれるのか。劇中でデヴィッド・リンチが「創作のアイデアを魚にたとえると、大きな魚を釣るには、こういう場所で、創作の瞑想状態に入る必要がある」と話していますが、ビートルズの実績は、それが実際に形になっているということに一番感動していました。

ポール・サルツマン監督は映画「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」の公開に合わせて、「人生に多くの喜び、創造性、魂を与えてくれた」と語るインドを監督自身と巡る17日間のツアーを2023年に決行する。サルツマン監督やビートルズのメンバーたちが経験した、インドでの“人生を変える旅”。詳細は英語のみだが、旅行代理店 Bestway Tours & Safaris とポール・サルツマン監督の 公式サイト で問い合わせ可能。

ポール・サルツマン監督と行くインドツアー

Thanks! フロントロウ

007シリーズ60周年 歴代の主題歌を女王陛下のオーケストラが再構築したアルバムが10月7日発売
BOND 25

今年、60周年を迎える映画「ジェームズ・ボンド」シリーズ。それを記念して、歴代の主題歌25曲を名門ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が再構築し、新たに録音したオーケストラ・アルバム BOND 25 が10月7日に発売される。(輸入盤、配信は9月23日リリース) 先行シングルとして「ジェームズ・ボンドのテーマ」の配信がスタートしている。「女王陛下のオーケストラ」とも呼ばれる英国の名門オーケストラ、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。アビーロード・スタジオで録音されたこのアルバムには「死ぬのは奴らだ」「ゴールデンアイ」「スカイフォール」など歴代の主題歌のオーケストラ・アレンジを収録。1962年の「ドクター・ノオ」から2020年の全英1位シングル「ノー・タイム・トゥ・ダイ」まで、年代順にトラックリスト化されている。ハンス・ジマーによる昨年の「ノー・タイム・トゥ・ダイ」オリジナル・サウンドトラックが全英アルバム・チャートで7位を獲得し、これまでの007シリーズの中で最高位を記録したことを受け、発売されることになった本作。指揮はジョージ・マイケルやシネード・オコナーなどポップス界での実績も数多く残し、作曲家でもあるアンドリュー・スキートが担当。数々の名曲たちが持つ良さを活かしつつ華麗に、且つなじみやすく仕上げることに成功している。

BOND 25 / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 10月7日発売
007シリーズの主題歌をロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラが再録したコンセプト・アルバム。007シリーズ60周年記念公式作品。主題歌をビリー・アイリッシュが担当、主演のダニエル・クレイグが今回限りでジェームズ・ボンドを卒業することを明かすなど、大きな話題が目白押しだったシリーズ25作目「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」のスペシャルなコンセプト・アルバム。60年にわたる007シリーズ25作を彩ってきた主題歌の数々を「女王陛下のオーケストラ」とも呼ばれる名門ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団による華麗なアレンジで新たにレコーディング。録音はアビイ・ロード・スタジオで行われ、指揮はジョージ・マイケルやシネード・オコナーなどポップス界での実績も数多く残し、作曲家でもあるアンドリュー・スキートが担当している。「ジェームズ・ボンドのテーマ」「ロシアより愛をこめて」「死ぬのは奴らだ」「ノー・タイム・トゥ・ダイ」など25曲全ての主題歌が網羅されている。指揮はジョージ・マイケルやシネード・オコナーなどポップス界での実績も数多く残し、作曲家でもあるアンドリュー・スキートが担当。数々の名曲たちが持つ良さを活かしつつ華麗に、且つなじみやすく仕上げることに成功している。

ジェームズ・ボンドのテーマ (007/ドクター・ノオ)
ロシアより愛をこめて (007/ロシアより愛をこめて)
ゴールドフィンガー (007/ゴールドフィンガー)
サンダーボール作戦 (007/サンダーボール作戦)
007は二度死ぬ (007は二度死ぬ)
女王陛下の007 (女王陛下の007)
ダイヤモンドは永遠に (007/ダイヤモンドは永遠に)
死ぬのは奴らだ (007/死ぬのは奴らだ)
黄金銃を持つ男 (007/黄金銃を持つ男)
ノーバディ・ダズ・イット・ベター (007/私を愛したスパイ)
ムーンレイカー (007/ムーンレイカー)
ユア・アイズ・オンリー (007/ユア・アイズ・オンリー)
オール・タイム・ハイ (007/オクトパシー)
美しき獲物たち (007/美しき獲物たち)
リビング・デイライツ (007/リビング・デイライツ)
消されたライセンス (007/消されたライセンス)
ゴールデンアイ (007/ゴールデンアイ)
トゥモロー・ネバ―・ダイ (007/トゥモロー・ネバー・ダイ)
ワールド・イズ・ノット・イナフ (007/ワールド・イズ・ノット・イナフ)
ダイ・アナザー・デイ (007/ダイ・アナザー・デイ)
ユー・ノウ・マイ・ネーム (007/カジノ・ロワイヤル)
アナザー・ウェイ・トゥ・ダイ (007/慰めの報酬)
スカイフォール (007/スカイフォール)
ライティングス・オン・ザ・ウォール (007/スペクター)
ノー・タイム・トゥ・ダイ (007/ノー・タイム・トゥ・ダイ)


Thanks! BARKS

ポール・サルツマン監督インタビュー 監督が伝えたい3つのメッセージとは
ポール・サルツマン監督

ビートルズの名盤「ホワイト・アルバム」のレコーディング直前のタイミングで、インド滞在期のビートルズと共に過ごしたカナダ人監督によるドキュメンタリー、ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド が23日に公開される。1968年、当時23歳だったポール・サルツマン監督は失恋の傷を癒しに、北インドのガンジス川のほとりにあるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)を訪れる。そこでインド滞在期のビートルズに偶然遭遇し、彼らと共に瞑想を学びながら過ごした奇跡の8日間をカメラにおさめた。それから50年の時を経て、サルツマンはビートルズ研究の第一人者で歴史家マーク・ルイソンと共にインドを再訪する。このほど、サルツマン監督にオンラインで話を聞いた。

― ビートルズの過去を映した作品ですが、現在も活動されているポール、リンゴから、この企画についてなにか反応はありましたか?

サルツマン : コメントを頂いておらず、観たかどうかもわかりません。観てもらえていたらとても嬉しいですが、そういった情報はありません。

― 歴史的アーカイブとして残る重要な作品に仕上がったと思います。この作品を通してあなたが観客に伝えたかったメッセージを教えてください。

伝えたかったことは3つあります。ひとつは、とにかく「瞑想」の力といったもの。映画の中でも語りましたが、私は30分で失恋の痛手から立ち直ることができました。ふたつめは創造性です。いろいろな理由で創造性というものが生まれてくると思いますが、彼らの場合は喜びや楽しさによって曲を作っていたんだということを伝えたかったのです。3つ目には、少し恥ずかしいのですが、当時の私は自分が何者かわかっていませんでした。それを知りたいと思っていた若者が、自分の心の中を見出していき、創造性などを完全に自分のものとして手に入れることできた成長物語です。この3つの面から作品を観てもらえたらと思います。

― ドキュメンタリー製作にあたり、ご苦労されたことはどのような点ですか?

出演していただいた方たちに簡単には会えないということでした。彼らにはエージェントやマネージャーがいますが、その人たちが必ず企画を伝えてくれるとは限らないわけで、本人たちに自分の意思を伝えることがまず一番大事な方法でした。どうやって本人までたどり着くかというのがいつもすごく苦労する点です。モーガン・フリーマンに関しては、実は私は1965年にミシシッピで差別をなくす市民運動をしていたことがあり、そのことに興味を持ってくれた彼が過去に2本の作品に出演してくれたことがありました。そのためLAのエージェントに連絡が取れて、彼に会うことができました。デビッド・リンチの場合はどうにも手掛かりがなかったので、リサーチシステムに依頼して探してみたら、うまいことパーソナルアシスタントとコンタクトが取れました。パーソナルアシスタントに行きつかず、別のところに連絡が行ってしまうと、本人までなかなかつながりません。ただビートルズの話を作りたいのではなく、瞑想に関してこういうものを作りたいというビジョンを話したら理解を示してくれました。

― あなたもTM瞑想をされていますか?

リシケシュから帰ってから1カ月くらいはしっかり続けていたのですが、その後仕事や映画製作などで、離れているというほどではありませんが、ときどき瞑想するといったレベルになっていました。今のほうが落ち着いて、毎日10分でも15分でも瞑想するようにしていて、それが生活にとても役立っていると思います。しっかりと続けていればまた違った良いことがあったかもしれないと思いますが、やはり仕事で忙しいときはやむを得ないので、ある種ブランクはありますが今は戻ってきて再び瞑想をしています。

― リシケシュの瞑想のレッスンで、ご自身にはどのような変化がありましたか?

レッスンはとてもシンプルで5分しかありませんでした。マハリシと非常に近いトップの先生が来て、マントラが書かれたものを渡されてそれを読んだと思います。初めて脚を組んだ時にはとにかく膝が痛かったのを覚えています。また、犬が外で鳴いていたので心がそっちに奪われてしまいました。先生に「どうだった?」と尋ねられ、「膝が痛くて、犬に心がとらわれてしまいました」と答えたら「それでいいのですよ。そういう時は一度マントラを止めて、また続ければいいのです」と言われ、そのまま先生は行ってしまいました。じゃあ、と思って続けてみたら、なんと30分後には失恋の痛手から立ち直れました。

― マハリシとビートルズの、どちらにより影響を受けましたか?

実は、実際にマハリシと話すことはできなかったのです。私に初めに瞑想を教えてくれた先生が一度マハリシとの会話の場へ連れて行ってくれて、それが唯一のチャンスでしたが、ちょうどその時ビートルズも入ってきて、ジョージが「ジ・インナー・ライト」を弾き始めたりなどして、その場は終わってしまいました。瞑想が私の生き方を変えてくれたことは事実ですし、ジョージやジョンとの話や、彼らの存在が人生を変えてくれたのも同じなので、どちらがより影響が大きいといったことはありません。

― ビートルズの楽曲で、好きな曲を3つぐらい教えてください。

好きな曲は20曲くらいありますよ! 3つ選ばなければいけないとしたら「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」「トゥモロー・ネバー・ノウズ」「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」です。今話していたら、他の曲たちが「もっと良い曲があるだろう」と頭の中で言ってきました(笑) ビートルズの多くの曲が私の心をとらえましたが、この3曲は特にとらえてくれました。

― この作品をきっかけに初めてビートルズに触れるという方もいるかと思いますが、そういった方へのお勧めを教えて下さい。

まずは「シー・ラヴズ・ユー」「ア・ハード・デイズ・ナイト」、そして先ほど挙げた3曲はもちろん忘れてほしくないですね。「タックスマン」「ペイパーバック・ライター」「ヘイ・ジュード」「ロッキー・ラクーン」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」...まだまだありますが、まずはそのくらいですかね。

― ビートルズのメンバーで、一番好きなのは誰ですか? その理由と併せて教えてください。

それぞれ違ったユーモアのセンスを持っていて、遊び心が豊かで、地に足がついていて、エゴイスティックではない、みんな楽しい人たちでした。その中でもあえて一人を選ぶならばジョージです。ジョージは本当に私に心を開いてくれて、「シタールを勉強したい?よかったら教えるよ」と声をかけてくれたりして、彼の言葉が人生を変えてくれたところがたくさんあります。透明で純粋で隠すところがない、深い人だったというのが私の印象です。

― 最初の質問でポール、リンゴがこの企画を知っているかどうかわからないとのお話でしたが、観てもらえるとしたらどういう言葉とともにこの作品を届けたいですか?

(長らく言葉を探してから)元気にされていると思います。幸せで、健康であられると思います。いつも素晴らしい曲を聞かせてくださって本当にありがとうございます。もう一言添えられるとしたら、「できたらチャイの一杯でも」と伝えたいです。


Thanks! 映画.com

ビートルズとインドで一緒にいた男、ポール・サルツマン監督インタビュー
ポール・サルツマン監督

1968年、ビートルズのメンバー、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターはインドにいた。世界的に注目を集めたビートルズのインド訪問だったが、彼らは世間から隔絶されたアシュラム(僧院)に滞在していたため、マスコミは近づけず、そこで何をしていたのか詳細を知る人は少ない。同じ頃、失恋の傷を癒しにアシュラムを訪れたカナダ人の青年がいた。結果、8日間ビートルズと過ごすことになった青年は、後にエミー賞を2度受賞する映像作家になった。彼の名はポール・サルツマン。ビートルズとの奇跡の出会いから約半世紀後、ドキュメンタリー映画「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」を制作。日本で23日より全国で順次公開されることになり、オンラインインタビューに応じた。

― 1968年当時、ビートルズのことはもちろん、ご存じでしたよね?

サルツマン : 初めてビートルズの音楽を聴いたのは1963年だったと思う(ビートルズは1962年に英国でデビュー)。ダンスパーティーへ行くと必ずかかっていたよ。1964年にトロントでコンサートがあって行ったんだけど、1万8000人が叫び続けていたので、演奏はほとんど聞こえなかった(笑) 彼らの音楽は聞いた瞬間からエネギッシュで、心沸き立たせてくれるものがある。自然と笑顔になってしまうんだ。いまでもカーラジオから流れてくると、ニコッとしてしまうよ。彼らが世界的に成功を収められた秘けつは、彼らの音楽が、僕らに喜びを与えてくれるからではないかと思います。

― そんなビートルズとインドで一緒に過ごして、印象は変わりましたか?

サルツマン : 彼らがインドにいるなんて知らなかったので、ありえないくらい不思議なめぐり合わせで、幸運な時間でした。映画の中でも振り返っていることですが、私が初めてジョン、ポール、ジョージ、リンゴに出会ったのは、ガンジス川とリシケシュの街を見下ろす崖の端にあった長テーブルでした。その時の僕は、最初の瞑想の奇跡を体験した後でした。しかも、アシュラムを訪れてすぐに中に入れてもらえたわけではなく、8日間も門の外のテントで寝泊まりをして、ようやく中に入ることを許してもらえたんです。目の前にいるのはビートルズ!?と一瞬、興奮したかもしれないけど、すぐに自分の魂が私に語りかけてきました。彼らも僕らと同じ普通の人間なんだ、と。だから普通に「一緒にいいかな?」と聞きました。「もちろん」とジョンが答え、「座れよ」とポールが続けたのです。それから8日間、彼らと一緒にアシュラムで過ごしましたが、彼らは本物の人格者で、本当にすばらしい人たちでした。その立場におごることなく、地に足のついた、うぬぼれのない優しい若者たちだったという印象です。当時の写真を眺めたり、話しをしたりするたびに、なんて幸せな時間を過ごせたんだと、喜びが湧いてきます。

― 現地ではビートルズのメンバーの写真を撮っていたんですよね。2000年に「The Beatles in Rishikesh」を出版するまで、その写真を地下室の倉庫にしまったまま、30年以上放置していたというのはなぜですか?

サルツマン : 今は、人間の潜在意識がどのように働きかけるのかといったことを学んで得た知識として言えることなのですが、人間は自分が話した言葉のとおりになってしまう。できないと言ってしまったらできなくなってしまうし、できると言えばできるみたいな。無意識の領域もあると思うんですけど、言葉が耳に入ってきて、それを自分の中で受け入れてしまうと、それが刷り込まれて、そういうものだと思ってしまう。ビートルズの写真をしまい込んだ時のことははっきり覚えています。帰国後、インドで経験したことをカナダの全国紙に寄稿することになって、書き上げたと思った時に、自分の魂が私に語りかけてきたんです。内なる声を聞いたのはその時が3回目でした。これは時期尚早なのではないか、と。インドでの経験を言葉にするのは早すぎる。インドで経験したことを整理して、自分自身が深く理解してから書くべきなのではないかと。それで、3つのプラスチックの箱に写真を入れて、テープで閉じて、自分で倉庫にしまったんです。その時は、32年後になるとは思っていなかったけど、その時が来るまでバイバイ、という感じで。結果、その存在すら忘れていたのです。

― 娘のデヴィアニさんの一言が思い出させてくれたことについては?

サルツマン : 私にとっても、ビートルズを愛する多くの人にとっても美しいギフトになったと思います。娘がビートルズの写真のことを言い出した時、私には写真を世に出す気が全くなかったわけです。実際、娘に言われてから写真を見つけるまで、3週間もかかってしまいました。見つけ出した写真を娘に見せたら、どうしてインドに行ったの? ビートルズはどんな人だった?と、いろいろ質問されました。これをしまっておくなんてもったいない、みんなに見せてあげたらいいのに、とも言われました。それから1週間、考えました。この写真を公開するべきかどうか。自問自答して、内なる声が、そろそろいいんじゃないか、と答えを出したんです。

― ビートルズのメンバーは、よく写真を撮ることを許してくれましたね?

サルツマン : 映画の中でも紹介していますが、彼らと最初に会った時に交わした会話がよかったんじゃないかな。その後も僕は普通の人として彼らに接したから、心を許してくれたんだと思います。ビートルズのメンバーはニコンの高いカメラを持っていて、それぞれ写真を撮っていたから、「僕も撮っていいですか?」と一人ひとりに許可を取って、撮り始めたんです。リバプールの博物館「ビートルズ・ストーリー」に展示されている集合写真を撮った時もだけど、メンバーが持っていたカメラを渡されて、撮ってくれないかと頼まれたこともありました。

― 「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」を制作して気づいたことは?

サルツマン : 例えば、ビートルズがインドを訪れるきっかけとなった超越瞑想ですが、当時、西洋の人間はほとんど知らなかったわけです。でもビートルズがわざわざインドまで行って修行したというインパクトは大きかった。西洋の人間も興味を持つようになった。ビートルズにそのつもりはなくても、いかに多くの人たちがビートルズの影響を受けて、意識的に変われたと思っているか、ということを改めて感じました。僕もその一人です。


Thanks! ORICON NEWS



アナログ盤
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP スプラッター
9/30 Holidays Rule (ポール・マッカートニー参加) 2LP 赤
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル アナログ盤スーパー・デラックス・エディション
10/5 ヨーコ・オノ レッツ・ハヴ・ア・ドリーム 1974ワン・ステップ・フェスティヴァル
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 4LP+EP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+Tシャツ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP+トートバッグ
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション LP ピクチャー
11/18 リンゴ・スター EP3 10インチシングル
11/18 リンゴ・スター EP3 カセットテープ
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

映画
10/1 16:40~18:20 ワンダーウォール
10/4 18:50~20:30 ワンダーウォール
10/7 18:50~20:30 ワンダーウォール
11/26~ マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説
12/2 月の満ち欠け (ジョン・レノン曲使用)
12/8 ジョン・レノン ~音楽で世界を変えた男の真実~
2023年? The Lost Weekend: A Love Story
2023年? ブライアン・エプスタイン Midas Man
2023年? ザ・クオリーメン

イベント
10/1~30 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 東京
10/1 万平ホテル アルプス館 プレミアムプラン
10/1 19:00 犬伏功の犬伏功のミュージック・ライナーノーツ Vol.32 グリン・ジョンズ特集
10/2 17:00~21:00 「ジョージ・マーティンになりたくて」刊行記念イベント
10/4 19:00 永沼忠明 マッカートニーシンガーデビュー 40周年記念ライブ 1982→2022
10/6 19:00 リンゴ・スター研究本出版記念! ~Tribute to Ringo Starr~
10/8 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
10/9まで ポップアップショップ ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド
10/20まで リンゴ・スター 北米ツアー
10/29 13:00~18:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 11:00~16:00 湾岸レコード・フェア 第1回 【怪奇骨董音楽市】
10/30 ビートルズ・トリビュートLIVEイベント FOOL ON THE HOLIDAY 2022
11/12 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
11/19~2023/1/9 THE GOLDEN YEARS OF BRITISH ROCK 浅沼ワタル写真展 大阪
11/26~1/29 マリー・クワント展
12/10 13:00 ビートルズ・デビュー60周年 いま振り返るスタジオ・セッションの歴史 1966-1970
2023/2/12まで アンディ・ウォーホル・キョウト
2023/3まで The Beatles:Get Back to Let It Be 展

本、雑誌、ムック
10/3 ビートルズUK盤コンプリート・ガイド[増補改訂版]
10/4 パティ・ボイド Pattie Boyd:My Life in Pictures
10/5 ザ・ゴールデン・イヤーズ・オブ・ブリティッシュ・ロック 浅沼ワタル写真集
10/14 デイヴ・グロール自伝:音楽と人生 ~ ニルヴァーナ、そしてフー・ファイターズ(仮)
10/25 松村雄策 僕の樹には誰もいない
2023年 ポール・マッカートニー国内盤シングルレコード大全(仮)
2023年 マル・エヴァンス伝記本

TV , ラジオ
10/4 15:00~15:30 世界サブカルチャー史 欲望の系譜「アメリカ 闘争の60S」 30分版 NHK Eテレ

CD
10/7 BOND 25 (ポール・マッカートニー&ウイングス曲収録)
10/19 ビートルズ ワンデイ・セッション1963
10/21 NOW Yearbook Extra '79 (ポール・マッカートニー曲収録)
10/21 ラー・バンド The Rah Band:Messages From The Stars
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 5CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション 2CD
10/28 ビートルズ リボルバー スペシャル・エディション CD
11/18 マイケル・ジャクソン スリラー40周年盤 (ポール・マッカートニー参加)

4K Ultra HD、Blu-ray、DVD
10/7 ザ・ビートルズ&インディア DVD

グッズ
10/14 ザ・ビートルズ公式カレンダー2023
10/28 リボルバー スペシャル・エディション発売記念公式Tシャツ

リボルバー スペシャル・エディション

国内盤
5CD (輸入国内仕様、完全生産限定盤、B2ポスター付き) amazon , Tower Records
2CD amazon , Tower Records
1CD amazon , Tower Records
4LP+EP (直輸入仕様、完全生産限定盤) amazon , Tower Records
1LP (直輸入仕様、完全生産限定盤) amazon , Tower Records
1LP ピクチャー・ディスク (直輸入仕様、完全生産限定盤、ステッカーシート付き) The Beatles Store Japan

海外盤
5CD
2CD
1CD
4LP+EP
1LP
1LP ピクチャー・ディスク
1LP+Tシャツ [Target Exclusive]
1LP+トートバッグ [Indie Exclusive Limited Edition]

グッズ
公式Tシャツ